笛地 静恵 さん: 地球贋物記 Shizue Fuechi



おまえはあった おまえはなかった
だれも見ていないのに人間全体が見る風景
網のように高くほされた極相は進んでやまぬ
「未生」より
谷川 雁


1/地球贋物記

どうもこのところ、気分がすぐれない。何をしていても、一生懸命になれない。何をしていても、何かが違うという感覚がある。何かの透明な膜を通して触れているようだ。夢中になってみていたテレビも、あれほど集中できたゲームも、みんな嘘臭い。みんなほんとうのことを言ってくれない。自分を騙している。真実を受け入れたくないからだ。あたしは、この世界にはいらない人間なのだ。あたしの代役など、どこにでもいる。人生という劇場での主役になれない。その他、大勢。それが、あたしだ。



近所の公園を明け方に散歩していたら、片足の老人が、木の枝からぶらさがっていた。首吊り自殺をしている現場を見てしまった。警察に通報したが、そんな人はどこにもいなかった。また別の日には、2メートル40センチぐらいの巨人の痴漢に追いかけられた。胸には西瓜大の乳房が、二つ揺れていた。それなのに股間からは、野球のバット大のペニスが、もっこりと生えていた。この両性類の変態さんも、あたしの他には、目撃者がいなかった。いったい、どうなってしまったのだろうか?まるで世界の全部が、いつのまにか贋物に変化して、あたしを騙そうとしているようだ。



青い空の色も、白い雲の色も、子どもの頃は、こんなではなかった。本物は、もっと明るくてきれいだった。あたしの家の脇の電柱に黒いカラスが、何羽もとまっている。上空を旋回している。カラスは、その家に死者が出ることを察知するという。あたしの最期の時を待っているのだろうか?身体がだるい。頭が重い。死臭を嗅いでいるのだろうか?もうだめかもしれない。



「姥山、姥山那梨(うばやまちなり)は、いないか?休みなのか?」

三年三組で、国語を教えていることになっている六木(むつき)先生は、彼女の席に目をやっていた。もう一週間、続けて休んでいる。窓際の席の赤梨仁哉(あかなしじんや)が、睫の長い目元を、不在の席の方に物憂げに向けていた。一見、生意気そうな表情に見えるのだが、彼が心から心配していることが伝わってきた。



中学一年生の時から、野球部の顧問として三年間、彼と行動をともにしてきたことになっている。主将として、チームを優勝に導いていった彼の懐の深さも、教師として見えていなければいけないだろう。若者らしい感情の繊細な推移も、何気ない言動から分かるようになったと思っている。赤梨に相談してみるべき時だろう。



他の生徒も女子を中心に、赤梨の方を見ていた。憂い顔の美青年である。運動神経も成績も良かった。彼が顧問をしている野球部の主将であったから、二人の間に何があったのかは、うすうすだが見当がついていたらしい。六木は、厚い胸を膨らませて深呼吸をしていた。自分の心臓の鼓動の回数を落ち着かせようとしていた。3組の担任に相談すべきかもしれない。



体育会系の彼は、いつもジャージである。太い二の腕の筋肉を動かして、姥山の出席簿にちびた赤鉛筆で×をつけていた。昨年、大きな交通事故を起こした。腕の傷跡も生々しい。不死身の体で蘇ってきたのだ。彼も若い頃は野球部の主将として、甲子園で準決勝まで行ったチームを率いていた。それから、大学に進学して、現在は教師の仕事をしている。口が悪く、生徒の弱点をばしばしと指摘する。しかし、不思議に憎めない性格だった。男子生徒を中心にして人気があった。野球部の練習に参加している顔は、真っ黒に日焼けしていた。赤梨と同じような苦労を経験したこともあったはずだ。



姥山那梨は、学校を休んでいた。親は、彼女を腫れ物に触るように扱う。部屋にも遠慮して入ってこない。自由に振る舞っていた。窓に厚いカーテンを引いた、昼でも薄暗い自室で、PCのそこだけが明るい画面に向かっていた。『地球贋物記)(ちきゅうがんぶつき)』というPCゲームである。前張メッセの会場で、友だちがもらってきたものらしい。使い方がわからない。おもしろくない。糞げー。それで、姥山那梨にくれた。来年度の新作ゲームを紹介する大会だった。試供品も、いろいろと配布していたようだ。どこのブースのものか、思い出せなかった。列に並んでいる時に、手渡されたものかもしれないという。黒い鳥の衣裳に、とんがった尻尾をつけた、妙なコスプレのキモヲタおやじが配っていたという。しかし、那梨には、これが一番、おもしろかった。 Blue-rayのディスクを入れて、エンターキーを押す。はじまり。はじまり。



『地球贋物記』の画面は、まず全地球上の衛星写真から、好きな場所をクリックすればいいようになっている。今までに、いろいろなところで試してきたが、今日はついに、日本。那梨の県。那梨の都市。その場所に向かって、ターゲットをロックオンしていた。急速に下降して。学習机の椅子が、下っていくような感覚。視野が狭まっていく。目眩がするような速度感。眼球いっぱいに光が爆発していた。くらっとしていた。



目を開けると、那梨は、自分の住んでいる町の地面に、黒いローファーの両足をついて立っていた。砂地のように柔らかい。知っている店の名前を看板で、いくつも確認できていた。土地勘がある。道路も建物も、現実の通りと同一であることが分かる。



ちがっているのは、そのサイズだけだ。人形の街だ。いや、これは縮小された世界だ。那梨が、十倍体の巨人に変身しているからだ。自分のパラメーターの数値を、通常の十倍に設定してある。



ただし、ここは地球と良く似た世界ではあるけれども、本物ではなかった。ほんものそっくりに作られた贋物の世界だった。だから、あなたは、自由に何をしても構わない。「取り説」にそう書いてあった。『ガリヴァー旅行記』が好きな彼女は「小人の国」に行こうと思ったのだ。自分の身体の数値のパラメーターを変えるだけでいい。簡単だった。あれ、でも、那梨は、いつ、そんなものを読んだのだろうか?いつもは、読まない。いい加減にいきあたりばったりで、やる主義だった。ま、いっか。うまく使いこなせているのだから。



今夜も、またまた来てしまった。癖になっているのかもしれない。テレビのコメンテーターが話していた「ゲーム依存症」というやつになっているかも?まあ、いいや。そんなことは、どうでもいい。うざい。ともあれ、楽しむつもりだった。飛行機に乗って、上空から眼下の小さな世界を見下ろしている気分。怪獣映画のミニチュアのセットのよう。時刻は夕暮れだった。PCの画面から3Dの立体映像で、那梨の部屋の床一面に投影されている。空は赤く焼けている。終末の日の空のように見えた。知らないけど。



このミニチュアの世界にも、どうやら電気は通じているらしい。道路の交通信号にも、街灯にも、家々にも、夕やみの中で無数の光が点灯しはじめていた。お母さんが、子どものために夕飯の支度を始めるのだろう。平和でやすらかな風景だった。地平線まで星が降ったような光の海だ。しかし、それだけでは終わらせない。これから、悲劇の幕が上がるのだ。主役は、姥山那梨その人だ。人の気配はない。無人の都市だ。走っている自動車もない。那梨が、そう設定してある。足元に血を見るような、ぐにゃぐにゃべちょべちょのスプラッタ・ゲームは嫌いだった。



通りや建物の位置が、そのままだった。振り向いても、ここから駅まで、那梨よりも大きな建物は、駅前のDデパートとマンションが、三つだけあるきりだ。記憶の通りの場所に、それらはあった。歩き出していた。それにしても、道路が狭い。両脇に30センチメートルぐらいの自動車の列が、駐車している。足の踏み場に困ってしまう。車も家も壊したくない。誰が作ったとしても、これだけの模型を制作するためには、大変な手間とお金がかかっていることだろう。賠償金を要求されては、たまらない。那梨のお小遣いぐらいでは、とても弁償できない。あれ、これって、ほんものだったかしら!?



電柱から電柱まで、垂れ下がった電線をよいしょと跨いでいた。道路に従わずに、目的地まで直進することに決めた。悪いけど、足元で邪魔な家は、踏みつぶしていく。那梨は学校指定の女子の制服である紺色のプリーツスカートを、校則が許す限界まで短くしてある。足首が引き締まっている。脚線美には自信があった。校内をブルマ姿で闊歩しているのも、男子生徒に見せびらかしたいからだった。特に、赤梨仁哉に。



駅の階段では、背後から覗かれないように、鞄で隠さなければならない。不便だったが、ここでは小は大をかねていた。スカートの裾が、建物の屋上に触れないで住む。水のタンクなどを倒すと厄介だ。内側まで濡れてしまう。道路から見上げる観客がいると、下着が見えてしまう。それは恥ずかしい。でも、アンダースコートを履いている。準備はしてあるのだ。



2/霧の朝の声

やだ、那梨って、なんでこの街に、小人が住んでいると考えているのだろう?無人の設定にしてあるのだから、心配はいらない。相手が、あまりにも本物そっくりだからだ。あるビルの屋上に、赤い水のタンクがある。その下に、縄が下がっていた。まるで誰かがそこで、首吊りをしようとしているようだった。小さな小さなバケツが転がっている。水が零れていた。さっきまで誰かがいて、使っていたようだ。カラスの鳴き声がした。人間とともに、動物もいないはずだ。犬や猫を踏みつぶすと気色が悪いからだ。交差点で一台の車が大破して炎上している。どこかで見たことがあるような光景だった。いつのことだっただろうか?そんなに、前のことではない。思い出せない。でも、なんだか、今日の『地球贋物記』のゲームはおかしい。いつもと様子が違う。気味が悪い。



いつのまにか、自分が通う中学校の側まで来ていた。今の那梨は、脚が十倍長くて、十倍大股だから移動が早いのだ。コンクリート四階建ての中学校の校舎の屋上。それが、那梨のスカートの、ウエストのゴム辺りまでしかない。那梨は、けっこうくびれが深い。脱ぐとすごいのだ。着やせする体型だ。風呂場の姿見の鏡で全裸を映す。グラビアのモデルのように腰をひねってみる。胸と尻が強調される。自分の肉体に口笛を吹いてしまう。どきどきする。いくら見ていても飽きない。那梨は、もう充分に女だった。男子生徒達が、それに気が付いていないだけだ。すぐ裏手の道路の側から見下ろしていた。野球部が、不法に独占している第2グラウンドに立っていた。一望に見下ろしていた。



ピッチャーマウンドを、黒い革のローファーで踏みつぶした。体重を片足に乗せていた。砂地のように柔らかい。靴の底が沈むようなへんな感じがあった。へこんでいる。靴底の形の穴が出来ていた。これで明日の野球の練習はできないだろう。どこかでカラスが鳴いているような気がした。人間の哄笑の声に似ていた。




校庭の隅に、いつもグランドを平らにならして整備している、コンクリートのローラーがあった。野球部の屈強な男子生徒が、三人がかりでようやくに引っ張って、重そうにごろごろと何とか動かしているものだ。鉄の取っての部分を持ち上げてみた。軽かった。それを摘み上げて、校舎の屋上にそっと乗せた。それ自身の重量で、屋上に罅が入った。那梨のせいではない。あまりにも脆い材質のせいだ。手抜き工事なのだろう。これで、練習もできない。いい気味だった。元野球部主将。赤梨仁哉(あかにしじんや)。あいつだけは、絶対に許せない。彼も、そこにいるのだろうか?次には、人間のいる贋物の地球を選択してみようと思った。



霧の深い朝だった。かなり大きな地震が明け方にあった。あれは何時ごろのことだったのだろう。中学二年生の白家太郎(しらけたろう)は、携帯電話の「Beyond」の音楽に起こされていた。いつもは、それよりも少し早く目が覚めている。元気な彼としては、珍しいことだった。何か夢をみていたような気もするのだが、内容は思い出せなかった。それこそ、霧がかかったように、頭の芯がぼやけて、ぼうっとしていた。ねぼけているのだろう。地震の時刻も、思い出せなかった。何だか、妙に現実感に欠ける。



早朝から、中学校で野球部の練習がある。秋の県大会が迫っていた。三年生が受験で抜けた。彼等は、顧問の高越事故死という不運を乗り越えて、昨年は県大会優勝という偉業を成し遂げた。これからは、自分達二年生が、がんばって支えていかなければならない。手を抜けない大切な時期だった。太郎は、肉野菜炒めと、ご飯とみそ汁とお新香という朝飯を、テレビの画面を見ながら強いて大量に腹にいれていた。



地球温暖化で、南極大陸の氷河が溶けているというニュースを流していた。南氷洋での調査捕鯨が、再開されたという。例の行方不明事件を扱っていた。共通点は、『地球贋物記』というゲームである。あなたの脳内の妄想を、そのままイメージ化するという謳い文句で好評を得ていた。メーカーの正規版ではなくて、違法でダウンロードしたり、不法コピー製品で遊んでいたりしていた者が、失踪していた。プレイの最中に、自分の部屋からいなくなる。奇怪な事件が多発していた。太郎は野球バカで、ゲームには全く関心がなかった。遠い世界の話だった。



料理上手な母の手料理の味が、いつもよりも薄い気がした。塩分が足りないというのでもない。玄米の入った飯を噛んでいても、砂を噛むように味気ない。野菜炒めのピーマンの緑が、妙にてらてらしている。香りも変だ。宇宙人が作った贋物の野菜のようだ。自分の舌のせいだろうか?今日は、どうしたのだろうか?天気予報が、濃霧の朝だと注意していた。電車やバスが遅れそうだという。いつもよりも早めに、家を飛び出していた。



乳白の霧が、すぐ顔の前で渦を巻いていた。かなり濃いようだ。ひんやりとした雪のような香がした。霧の水粒が、唇に触れてきた。電車の時間が遅れていないか心配になっていた。走り出していた。



太郎は、近道を通ろうと思った。公園に入り込んでいた。大きな公園だった。ここを通り過ぎた方が駅に近い。梢の先端が、霧の中に無数に突き出ていた。

くわあー。

ふああー。

かああー。

カラスたちが、あちこちで鳴き交わしている。会話をしているように聞こえた。

かちゃり。

固い爪で、電線に止まったのだろうか。金属的な音がしていた。公園に痴漢が出るという噂があった。2メートル近い長身で黒眼鏡をかけている。コートを着ている。その前を大きく開くと何も着ていない。バレーボール大の二つの乳房が揺れている。何よりも目立つのは、股間か太く大きく伸びている男性自身だった。見た人が、何名かいるという話だった。太郎は、何も気にしていなかった。



今は見えないが、木立の間に、いくつも段ボールハウスが建てられていた。いわゆるレゲエのおじさんたちが、たくさんたむろしている。最近の不景気によって、徐々に数が増えていった。女性や子どもは、あまり立ち入ることがなくなっていた。太郎は、別に気にしなかった。杖をついた白髪の老人が、霧の中に立っていた。つばの広い帽子をかぶっているから、よく見えなかったが、片目が不自由のようだった。杖をついていた。片足も不自由のようだった。葡萄酒の瓶を口に当てて、ぐびりとあおっていた。すぐに姿が見えなくなっていた。霧に紛れていた。レゲエのおじさんたちの一人なのだろうか。妙に威厳のある老人だった。



まだ朝が早い。いつもは、ジョギングなどをして楽しんでいる人影もない。公園の中は、しんと静まり返っていた。人影はなかった。霧は音も吸い込んでしまっていた。公園の外を取り巻いている道路には、通勤の車がたくさん走っているのに、その音も聞こえなかった。



いきなりだった。静寂が破られていた。

カラスがほえていた。

がー。がー。がー。

威嚇するような、警告するような、でかい声だった。耳障りだった。奴らの数も妙に増えている。ひどくずるがしこくなっていた。この公園には、鳩のための餌を売る自動販売機がある。誰かが、落としたお金をくちばしに銜えたカラスが、餌を買って食べていた。そんな噂話を姥山那梨先輩がしていた。野球部主将の赤梨仁哉も、中学校の近くの公園の遊び場の滑り台を、二本足で立ったまま滑り下りるカラスがいたという噂話を、授業の合間で雑談していた。どちらも都市伝説のたぐいだろう。太郎は、自分の目で見たこと以外は、信じないことにしていた。



公園の中を横断している電線に、カラスの黒い影がとまっていた。くちばしを開いていた。太郎は太い眉をしかめていた。殺気を感じたのだ。野球部の練習で、感覚が研ぎ澄まされていた。ランナーの気配を感じて、盗塁を阻止しなければならない。



霧の中から茶髪の長身で、細身の女子中学生が、のんびりと姿を現していた。風に吹かれている柳のように、しなやかな動きだった。彼の学校の制服である。見慣れているデザインだ。リボンのカラーの色から、一年生であることがすぐにわかった。しかし、見かけない顔だった。転校生だろうか?紺色の制服のプリーツスカートを限界まで短くしていた。長い太ももが、付け根まで今にも見えそうだった。スタイルの良い女の子だった。スリムなのに、そこだけは、はちきれそうに肉付きの良い太ももの皮膚が、霧の中でも、白くまぶしかった。



左手の携帯電話は、きらきらと光っていた。まるで宝石をちりばめているようだった。本体に内蔵されたライトの光を反射していた。ガラス玉などで飾り立てることが流行っていた。話に夢中になっていた。誰かと口論している。最近流行の軽薄な口調だった。



「え、だからあ、部長!いまはあ〜、そんなことを、話している場合ではなくて〜!ほんとうに、この町は、やばいんすっから!!あの知的好奇心が、やたら旺盛なおじいちゃんまで、出ばって来てるんですよ。あたしの手にはおえません」

興奮した様子だった。自由な方の右手を振り回している。霧をかき回していた。「 O」の文字を空中に書いているような指の動きだった。



羽ばたきの音がした。空から黒い影が落ちてきた。彼女にぶつかっていった。悲鳴が聞こえた。カラスが、人間を襲っている。太郎は駆け寄っていた。くちばしが、彼の目玉をめがけて鋭くつっこんでくる。その相手を、ふくろに入れたままの竹刀で、下からはらった。突きをかわす要領だった。ずしり。重い肉の手ごたえがあった。黒い羽根がちった。やった。それでも、驚くべき事には、高く飛ぶだけの力が残っていた。霧に吸い込まれて姿を消していた。泣きながら逃げ去っていった。ダメージは受けたようだった。この騒ぎで、公園のどこかで犬と猫が吠えていた。二匹ずついるようだった。



「だいじょうぶですか?」

太郎は、公園のコンクリートの道に倒れ込んでしまった女子中学生に近寄っていった。大股を開いて尻餅をついていた。

「カラスは、きらきらするものに引き寄せられるんです。携帯はあぶないですよ」

黒くて長い髪の毛が乱れて、顔にはりついていた。顔だちは良く見えなかった。

「まじかよ。超やべ〜よ!」

チェック柄のスカートが、捲れ上がっていた。太ももの付け根までが、白々と浮かび上がっていた。白いパンティがむき出しになっていた。霧が愛撫するように漂っていた。視線をそらしていた。丸く肉の乗ったはちきれそうな膝小僧から、赤い血が流れていた。転んだ時に、怪我をしたらしい。



彼女は差し出した太郎の手に、しがみつくようにして立ち上がっていた。冷たい手だった。身体が冷え切ってしまっているようだった。ぶるぶると震えている。怖いのだろう。身体を寄せてきた。紺色のブレザーの下の胸のふくらみが、彼の腕に当たっていた。意外に大きいものだった。太郎は、電気に触れたように離れていた。



「ありがとうございました!!」

茶髪の頭を深々と下げていた。カールの髪の先端が、地面につきそうな角度だった。礼儀作法ができていた。体育会系のノリである。同類だというのはすぐにわかった。



3/美少女の尻

「今のは、何だったんすか?」

少女は、酒に焼けたようなかすれ声だった。妙にエロティックだった。垂れ目で愛嬌のある顔だった。息が霧の中でさらに白く、可憐な渦を巻いていた。唇は薄いが赤い血の色が鮮明だった。

「カラスだよ!君は、カラスに襲われたんだ。でも、もうだいじょうぶだと思うよ」

後輩の彼女は、霧に隠された空をこわごわと見上げていた。

「警告なのかな?」

つぶやいていた。黒い瞳が大きい。黒い長い睫が、大きな瞳をくっきりと縁取っていた。鼻は高くて、口は小さい。肌の色は、雪のように白かった。端正で美しい顔立ちだった。美少女の部類だろう。ファッション雑誌のモデルのようだった。



同じ中学校の生徒だとすぐにわかった。自己紹介をしていた。美少女は、「根本雪菜(ねもとゆきな)と名乗った。

「転校生っす。先輩、よろしくお願いしまっす!」

吐息が、霧の中でも白く渦を巻いた。

「ああ、よろしく」

雪菜の通学用の鞄も、口が開いていた。中に、メルヴィルの『白鯨』があった。凡々社の世界文学全集の一冊だった。中学校の図書室にもおいてある。読書をしているのだと思った。太郎は『新世紀使徒行伝』や『カムイ伝記』などの漫画ばかりだ。プリクラ帳と、きれいな純白のポーチものぞいていた。ふくらんでいた。女の子が大切にしている、細々とした品物が入っているのだろう。



まだ霧の奥にカラスの気配があった。数羽が、上空で輪を描いているのではないだろうか。眼下の獲物を物色しているようにも思えた。黒い大きなカラスが、上空を偵察するように旋回していた。しかし、下りては来ない。太郎は、二匹の犬と猫の姿を霧の中にすかし見ていた。彼等を取り囲むようにしていた。



「こわい!!」

彼女は太郎に抱きついてきた。ぶるんと胸元が揺れた。175センチメートルと十五歳にしては大柄な太郎と、ほとんどかわらない背丈があった。細身に見えていた身体は、そうやって接近していると、大人のように豊かに充実していた。雑誌のグラビア・アイドルのようだった。ずっしりと抱き重りがした。姥山那梨先輩と、どっちが上だろうか?太郎の十四歳の敏感な下腹部が、熱く燃えていた。

「だめです。自分では、とても無理です。「さまようもの」がいるなんて。こんな相手・・・」



意味は分からなかったが、怖がっていることは太郎にも伝わっていた。かばうように抱いてやっていた。黒髪は、彼の頬にひんやりとしているのに、太郎のバットは、むくりむくりと熱く起きあがってしまっていた。この緊急事態が伝わらないのか、根本という少女は、スカートに包まれた柔らかい下腹部を、ぐいぐいと押しつけてくるのだった。茶髪からは、さわやかな雪の林のようなマイナスイオンが立ち上っていた。人工的で刺激の強いシャンプーのものではない。もっと自然で、ふんわりとした彼女そのものの香りのようだった。



「わあ、先輩も、凄い女難の相が出てますね」

笑みが可愛らしかった。目が細くなる。白い前歯が四枚だけのぞいていた。しかし、「いてててて!」と、その手を、もう一方の手で掴んだ。



片手の甲からも、赤い血が流れていた。「O」の文字のように赤い線がついていた。カラスの爪にひっかかれたのだろう。かなり傷が深かった。根本雪菜は、溢れる血を赤い舌先でちろちろと舐めていた。太郎は、自分のハンカチーフを渡していた。傷口を塞がせていた。



彼女の携帯電話は、地面に落ちて本体が割れていた。内部の基板が、顔を見せてしまっていた。「美容健康同好会」という金色の文字がボディに書いてあった。彼女が加入している会なのだろうか?あまり個人情報に立ち寄るべきではないだろう。太郎は、目をそらしていた。



「あちゃあ〜。これでしばらくは、委員長と連絡がとれないよ。あの人、「語る者」とは、仲が悪いからなあ。任務の邪魔をするつもりなのかしら?あれが、欲しいなんて。まさかね?今回は、あたし、ひとりでやるしかないか」

雪菜はぶつぶつと文句を言っていた。独り言の癖がありそうだった。柔らかい腰を曲げて、携帯電話の残骸を一つ一つ丁寧に拾い集めていた。スカートが短いので、ラクダ色の毛糸の下着の作る「V」の字の形が見えた。そこは、内部の肉の圧力で、ぷくんとふくらんでいた。毛糸の網の目が、ざっくりと粗い。その下が透けていた。みょうに艶めかしかった。



彼女は、すぐに治ると言い張っていたが、太郎は細い手首を握っていた。手はひどく冷たかった。女の子特有の冷え性かもしれなかった。すぐ近くの『トラウマ動物病院』まで引っ張っていった。カラスは、雑食性だ。腐肉も喰らうという。細菌に感染する心配があった。太郎は、小学校低学年の時代に、ハムスターを飼っていたことがある。病気になった時に、何度か檻に入れたままで、ここまで運んで来たことがあるのだ。優しい先生だった。まだ少しだけパニックになっていて、意味不明の言葉を口走っている彼女を、顔見知りの先生に預けた。学校での再会を約束して、病院を飛び出していた。通りの霧は以前として濃かった。薄くなる気配もなかった。



朝練に急いでいた。電車は、深い霧のせいで安全運転のために徐行していた。ダイヤが大幅に乱れていた。架線に黒いカラスの群が泊まっていた。



前の野球部の主将である赤梨仁哉の家は、徒歩で十五分間という中学校に近いところにあった。屋根まで真っ白の、清潔感のある二階建ての建て売り住宅だった。何度か遊びに行ったので、場所も分かっている。彼からの携帯電話の緊急連絡で、白家太郎は、最寄り駅で降りていた。代行運転されていたバス路線の方を使った。学校に駆けつけたときには、すでに校庭の周りには、立入禁止と書かれたロープが張り巡らされていた。入ることもできなかった。パトカーが赤いランプを点灯したままで駐車していた。警察官が無表情な仮面のような顔をしていた。後ろに両手を回して立っていた。動くロボットのように、職務に忠実に周囲を見張っていた。



第2グラウンドの中央部には、ビルの工事現場で良く見るような、大きな青いビニールシートが、何枚もかぶせられていた。陥没していることは、まるで重いものが空から落下してきたかのように、地面に無数のひび割れが放射状に走っていることからわかった。直径は、5から6メートルにも達するだろうか?当分、練習に使える状態ではないことは白家にもすぐにわかった。グラウンドの隅で赤梨仁哉が手を振っていた。



赤梨によれば、三階建てのコンクリートの校舎の屋上にも、野球部のローラーが置かれているという。危険なので真下の教室は使用禁止になっていた。あんなもの大きな重機でもなければ、持ち上げることは不可能に思える。野球部に怨みを持つ者の犯行だろうと噂されていた。こんなに大がかりで悪質ないたずらを誰がやったのだろうか?



太郎は、お前だけに見せたい物があるからと、赤梨先輩に呼び止められていた。無人の教室に誘われていた。一年生の階だった。根本雪菜は、何クラスなのだろうかとふと思った。白い太ももが、脳裏をよぎった。先輩は、廊下にも人影のないことを確認していた。「これを見てくれないか」と携帯電話の画面を、目の前に差し出されていた。



早朝練習には参加しないが、早い時間から登校していた赤梨は、一年生の部員のグラウンドの整備を見守って指導していたらしい。家が近いからと言っていた。ともにローラーを引いて良い汗を流したという。こういうところに、野球部の男子生徒達に人望の篤いの理由があった。自分から率先して、身体を動かすのである。その彼が、異常な事件の第1発見者となった。顧問の六木先生と警察に、すぐに自分の携帯電話から通報をしていた。白家にも、その直後にかかってきたことになる。



「なんすか、これ?」

白家は、髭の剃り跡が青白い大人びた赤梨の線の鋭い横顔と、写りの悪い写真とを交互に見比べていた。携帯電話のカメラであるし、手も震えていたのだろう。霧で薄暗い。太陽光も不足していた。けして見やすい画面ではなかった。が、それだけに何が映っているのかが、明瞭に分かった。角度を変えて前、横、後ろと撮影されていた。

「ありえねえすよね。こんなの!?」

それは、大きいけれども、明らかに人間の靴の足跡だった。中央部に、「24.0」という数字が、くっきりと刻印されていた。靴のサイズだろう。



「うちの学校の女子の靴底のデザインといっしょなんだ。イヤな予感がする。このままでは、済まないんじゃないだろうか?まだ、何かが起きるぞ!!」

赤梨の声は、少しかすれている。しかし、口調は落ち着いていた。地声なのだ。野球部の応援で喉を潰したと言っていた。女子が、登校に使用する黒のローファーは、メーカー名まで指定されていた。華美にならないようにと言う配慮だった。業者がやってきて買わされていた。購買部でも同じデザインの物を常時、販売している。赤梨は、下駄箱に入っていた女子生徒の靴底の形と、その写真を見比べたのだという。地面にくっきりと刻印されている物と、すっかり、同じ模様だった。数字の位置と形まで同じだった。写真を撮った後で、赤梨は六木先生と警察に連絡をした。その後、すぐに青いビニールシートが張られてしまったので、もう現場を肉眼で見ることはできなくなってしまっている。白家太郎は、見せられた証拠の異様さに混乱していた。どう考えればいいのか分からなかった。



白家太郎も関係者の一人として、授業時間の途中で警察に呼び出された。他の生徒が勉強しているのに、自分はしないで良いという状況は、それだけでも異例なことだった。校長室の隣の応接室で、警官から事情を聴取された。予想通りに、野球部に怨みを持つ者はいないかという質問だった。心当たりは何もなかった。正直にそう答えていた。しかし、テレビの推理ドラマの登場人物の一人になったようだった。妙に興奮していた。退屈な灰色の日常生活に、何か奇妙な事件が起ころうとしていた。



根本雪菜は、中学校のある町の一角に入ることができなかった。強力な結界が貼られていた。時間も空間も歪められていた。彼女は、下りることの出来ない電車の中に閉じこめられていた。このままでは、目的地にたどり着けない環状線を、永久に走り続ける運命だった。『地球贋物記』の最後の一枚のDISKが、使われているのだった。



窓から見ていると、黒い棘のある尻尾のついたカラスのような巨大な影が、上空を通過していた。古代の始祖鳥のようだった。トーキンの『指輪物語』で「黒の乗り手」が乗っていた、あの生物かもしれない。嫌な耳障りの声で泣いていた。



「「高き者」は、あたしと遊んでくれるつもりなのかしら?」

それなら、それで別の方法がある。雪菜も、空に飛んだ。きらきらする霜の航跡を空気中に引いていた。短いスカートが翻って、小さなパンティが、お尻に食い込んでいるのが見えた。冷え性なので毛糸のパンティだった。
ダサイが、気にしていられなかった。太郎の瞳が脳裏をよぎった。イケメンだったから、ちょっとだけ「サービス、サービス」して、下着を見せて上げたのだ。彼は、無事だろうか?これほどのことができるのだから、姥山那梨は、明らかに彼女たちの種族の血を引く末裔の一人だった。無知な力在る者の手に、力在る呪具が渡ってしまった。

「やべえ〜!超やべえ〜よ!」

雪菜は、繰り返していた。時のやぶれめに入っていた。



4/放課後の怪

今日は、放課後の部活動は、すべて中止だった。一斉下校が実行されていた。チャイムの音に追い出されるように、生徒達の群が校門から吐き出されていた。野球部の部員たちだけは、顧問の六木先生によって第2グラウンドの脇にある合宿所に召集されていた。軽挙妄動を慎むようにというお達しがあった。犯人探しは、警察に任せようと言う話だった。白家太郎は、久しぶりに六木先生の元気そうな顔を見て、なんだか涙が出るほどに嬉しかった。事故の後遺症で、しばらくは元気のない日々が続いていたからだろうか?別人のように颯爽としていた。



だが、みんなが興奮して殺気だっていた。犯人を見つけてやろうと息まいてもいた。六木先生の制止の言葉も、彼等の耳には届いていなかった。血気盛んな若者達だった。バットを棍棒のように振り回していた。ヤチダモや北海道産のアオダモを素材としている。1キログラム近い弾力性に満ちた木材は、力のある中学生が振り回すときには、相当の威力のある武器となりえた。普通にあり得ない程に凶暴になっていた。この土地にかけられている呪いの影響を受けていた。六木は、彼等をなんとか説得して、冷静になってもらおうと努力しているようだった。しかし、太郎の見るところでは、上手くいっていなかった。むしろ火に油を濯ぐ結果になってしまった。余計に時間がかかってしまった。それが、中学生達の運命をさらに悪化させていくのだった。



赤梨仁哉は、興奮している仲間達とは対照的に、終始、部室の隅の席に座って腕を組んでいた。暗い顔をしていた。俯いているので、長い睫が、黒目がちの瞳を隠している。このところの心労で頬がこけていた。鋭い影が黒く落ちていた。哀愁を帯びた、甘いマスクの持ち主だった。それでいて、やるときはやる。指が長く、長身から投げ下ろす変化球には威力があった。野球部を県大会優勝にまで導いた原動力だった。ピッチャーで四番打者。赤梨仁哉への女子生徒達の人気は絶大だった。バレンタインデーのチョコレートのお裾分けを、太郎も頂いたことがある。「どうせ、喰いきれないから」彼は、そう恥ずかしそうに後輩達に進めていた。段ボール箱から溢れていた。零れるぐらいあった。


 
面白かった。那梨はPCの画面から、自分のちょっとした気まぐれのいたずらが、贋物の人間達に引き起こした大騒ぎを観察していた。『地球贋物記』の画面を開いていた。今度は、もっと刺激があるように「人間がいる」の方を選択してみよう。そんなに、たくさんの人間はいらない。学校と第2グラウンドの野球部の部室だけでいい。彼女の世界は永遠の真夜中だが、そこでは夕暮れになろうとしている時刻だった。明かりが、ガラス窓から外の地面に四角く落ちていた。彼女も、あの温かい部屋の、一員であったことがあるのだ。そこに赤梨仁哉がいる。彼と六木先生が結託して自分を追放したのだった。胸がきりきりと締め付けられる程に痛んだ。



中学校のコンクリート三階建ての校舎にも、まだ、いくつかの教室には、明かりが灯っていた。地図で、校舎が入らないように、さらに詳細に範囲を指定し直していた。カーソルを動かして緑色の四角い光を動かす。そこだけを「人がいる」と設定した。みんな、さぞかし、びっくりするだろう。間もなく逢えるから、楽しみにしていてね。
 


ずしーん。野球部の部室にいた全員が、校庭に走りでていた。大地震のような衝撃があった。町の地平線に、巨大な女子中学生が、たたずんでいた。彼等の学校の制服を着ている。青い壁のような巨体から照り返される夕日の光に、町も青くそまるぐらいだった。赤い夕焼け空を背景に聳える紺色の巨人だった。逆光のせいで、顔は影になって、最初は良く見えなかった。じっと見下ろしていた。黒髪が雲のようにたなびいていた。みんな声もなく、影絵のような姿を見上げていた。



誰であるか、皆にはすぐ分かった。一時は、野球部のマネージャーを勤めていた、姥山那梨だった。行動が不適切で、品性に欠けるとして、クビになったのだ。彼女のマネージャーとしての就任の狙いが、赤梨仁哉個人にあったことが、部員の誰の目にも明らかになったからだ。彼の気を引こうとして、軽装になることがあった。男子生徒の興味と関心を引きそうな格好をあえてしていた。



制服の胸元の紺色の丸みの高さだけでも、姥山那梨であるということが、みんなにわかった。主将と顧問の再三の注意にも、耳を貸さなかった。那梨の魅力に心を乱される部員がいた。風紀が乱れていた。先生の交通事故は、心労のためもあったのではないかと言われていた。直接、赤梨の口から君にはマネージャーの仕事は向いていないと通告された。それで、部室にも顔を出さなくなっていた。学校も休みがちになってしまっていた。心配していたのである。



「なんて大きいんだ。巨人族の娘だ!!どうして、あんなに大きくなってしまったんだ!?」

顧問の六木先生の問に答えられる者が、いるはずもなかった。怪獣映画の世界にまぎれこんでしまったようだった。太郎は、先生の顔が、恐怖よりも歓喜に輝いているように見えた。

「怪獣映画の世界だな!」

大きな声を上げていた。むしろ、この異常な状況を楽しんでいるようだった。腹の据わった人だった。男として尊敬に値した。



左手が、二階建ての木造住宅の家一件をわしづかみにしていた。白い屋根だった。瓦がばらばらと地面に零れていった。基礎の部分といっしょに、地面から引き抜いていた。電線や、水道管や、ガス管がちぎれていた。砂が降ってきた。これみよがしに、ゆっくりとした動きだった。手の指の中で木材もコンクリートも、ともに粉々に握りつぶしていた。彼等にも見えるように、高く持ち上げていた。赤梨仁哉には、それが自分の家であるとすぐにわかった。両親が中にいるはずだった。巨人が彼等にも悪意を抱いていることは、その行為だけでも明白だった。



「みんな、逃げろ!」

赤梨仁哉の悲鳴が混じった警告の叫び声が、きっかけとなった。呪縛が解けた。みんなが蜘蛛の子を散らすように駆け出していた。太郎は、舌を噛まないように奥歯を噛みしめていた。



ずしん。ずしん。まだ、直線距離にして数百メートルの距離があるだろう。しかし、おそらく50トン近い巨大な物体の移動に、一歩毎に地面が揺れた。那梨は、あまりにも急速に接近してきた。その肉体は、巨大に巨大に学校の上空に聳えていった。町は、大地震に襲われたようだった。あちこちで爆発音がした。火災も発生していた。これだけの騒動が起こっているのに、警察も消防も動きを見せないのが、太郎には不思議でならなかった。彼等は、どうしているのだろう。まるで、この世界には、自分達しかいないようだ。校舎の中に避難しようとしていた。けれども、教室の窓ガラスが割れて、真下の校庭に落下していた。がちゃがちゃという固い音が続いた。机や椅子が倒れているのだろう。蛍光灯が破裂していた。危なくて近寄れない。どこかで誰かの悲鳴が聞こえた。窓から人が落ちたのだろうか?やっぱり、誰かいるのか?



雪菜は、大カラスを抱いたまま、学校の屋上から、地上に落下していた。忍者カムイのイズナ落としの大技を使った。決まったと思った。しかし、敵の親玉だと思っていた者は、彼女の紺色の制服の、深い乳房の谷間で無数の黒い羽毛となって砕け散っていた。逃げられていた。



地面の振動が止まった。しばらくしてから、ようやく太郎も、倒れた場所で立ち上がっていた。巨人は、第2グラウンドに仁王立ちになっていた。紺色の神の像のようである。大きな大きな姥山那梨の姿を見上げていた。三階建てのコンクリートの中学校の校舎の屋上が、ウエストあたりまでしかなかった。二倍の高さにあった。一瞬にして、紺色のサーカスのテントのようなスカートの天蓋が、上空に貼られたようだった。グラウンドの地面が波打っている。衝撃に盛り上がったり、割れ目が走ったりしていた。鉄棒が傾いていた。地中に埋め込まれたコンクリートの基礎の部分が、地表に飛び出していた。

「やあ、みんなひさしぶりね」

大きな大きな声が響いた。鼓膜が割れるように痛んだ。野球場の満員の聴衆のみが生み出せる大歓声に匹敵する音量を、一人で出していた。那梨の大きな顔が笑っていた。薄闇に前歯が赤く光った。彼女は、自分の大きさを強調しようとして、わざと彼等の頭上に大股開きで立っているのだった。紺色のスカートの中を見上げていた。白い二本の内股が合わさったところに、赤い影があった。女性性器を前方に突き出すようにしていた。



赤い小さなパンティを見られても、全く気にしていない様子が、男どもに屈辱感を与えていた。自分達を人間として考えていないのだろう。虫けら並みに扱っていることが分かったからだ。それにも、かかわらず白い尻に食い込んだ赤いTバッグの下着は、強烈に性欲を刺激する光景だった。あまりにも面積が小さいので、陰毛が数本はみ出ていた。高い肉の土手は薄闇の中でも、てらてらと濡れて光っていた。多くの者が、勃起していた。空気は、若い女の下半身の、若い男を誘う濃厚なフェロモンに満ちていた。あまりにも異常な事態のせいで、その非常事態には、六木先生を除いて、まだ誰も気が付いていなかった。彼は成人の男性として、彼女が興奮状態にあることが、はっきりと分かった。危険な徴候だった。理性の枷が外れかかっていた。



彼女が、重い一歩を踏みだしていた。後には、柔らかそうに見える固い地面に、あの靴底の模様が刻印されていた。もとより、彼女が第1の事件に犯人であると疑っていない者は、その場には誰もいなかったが。黒い革のローファーは、野球部の部室を空き缶のように、簡単にふみつぶしていた。何の抵抗感も覚えてはいないようだった。優勝の盾も賞状も旗も、栄光の記録が、すべて土足の下に蹂躙されていた。靴底に「24.0」という数字が読めた。



太郎たちは、自分達がどんな困難な状況におかれているのかを、どうしようもなく悟りつつあった。校舎の中か、学校の敷地の外に脱出しようとすると、そこにもの凄い勢いで、黒い靴が襲いかかってきた。内側に戻されていた。直撃でなくても、衝撃と爆風だけで空中に吹き飛ばされていた。落下する時には、地面で全身を強打していた。すぐに、全員がダメージを受けて、ぼろぼろになっていた。



那梨は、ゴムの上履きを、野球部員に洗わせていた。二十倍の五メートルの大きさにしていた。ちょうど自動車一台分の洗車をするようなものだろう。一週間に一回は、家に持ち帰り洗濯することになっている。那梨は、もうずいぶんとさぼっていた。中の色が黒くなっていた。雑菌でも繁殖しているのだろう。臭かった。それを内部まで洗わせていた。学校の備品の雑巾やバケツやモップを、校舎から持ち出して使わせていた。片方に十人ぐらいづつが群がっていた。多すぎると言うことはない。それぐらいいないと横にしたり、ひっくり返したりはできないだろう。裏側まで手を抜かせなかった。



右足の中は、特に赤梨仁哉一人に洗わせていた。足臭にくらくらしながらも、黙って作業をしていた。足元のゴムの靴底に、どぶのように黒い水が、たまっていた。綿埃が浮かんでいた。ゴムの爪先に、身体を入れていた。奥の方に手を入れていた。濡れた綿のようなゴミを掻きだしていた。何本もの毛髪が絡みあっていた。何事も手を抜かないのが、彼の主義だった。太郎は、左足を担当しているのだろう。姿が見えなかった。足の入る開口部から、那梨の笑顔が覗いていた。足の甲を止めているゴムの帯が、上空の風景を横断していた。



もりもりもり。
むくむくむく。
 
女という肉の山が、さらに大きく大きくなっていった。那梨は、二十倍にした上履きに足のサイズが、ぴったりと合うまで巨大化していった。『地球贋物記』の自分の数値を変えていった。巨大化には、エクスタシーのような快感がある。癖になりそうだった。男の子たちが、あれの大きさにあれほど、こだわる気持ちが分かる気がした。大きくなるって快感なのだ。全身に力がみなぎってくるような気がした。



「だいじょうぶ。この贋物の世界には、那梨と野球部のあなたたちしか、いないんだから。もう誰にも、邪魔されることはないの。邪魔なんてさせないわ。助けなんて、どこからも来ないわよ」

雷鳴のような嘲笑が、上空から大地に降ってきた。


5/復讐の裸女

「六木先生が、那梨と赤梨君との中を邪魔して、引き裂いたんですよね。中学生らしくないって。今は、二人の中を止められますか?できるならば、那梨を止めてご覧なさいな!こんな女子生徒って、先生から見て、みだらですか?」 



那梨は自分の上履きの掃除で、汚れて疲れ切った六木と野球部員の男子生徒の前で、ゆっくりと制服を脱いでいった。赤いリボンをほどいた。紺色のセーラー服の上着を頭から脱ぎ捨てていった。両腕を上げたので、脇の下に籠もっていた女子中学生の汗の香が、空気に艶めかしく漂って、地面までもわりと降ってきた。ビルの少ない町に、がおーっと吠えてみたくなる。両手の肘を曲げてから、ラジオ体操の背伸びの運動をするように、上空に振り上げていた。



ほずれた黒髪が、顔にかかっていた。うるさそうに、顔を左右に振っていた。髪の毛を払っていた。青白い顔が、不快そうな表情を作っていた。校舎の屋上に置いていた。座って台として使うならば、丁度良い大きさだ。衣服の重量に鉄製の手すりが、柔らかい飴細工のように曲がっていた。三階建てのコンクリートの校舎の全体が、女子生徒の紺色の制服に覆われていた。洗ったばかりの上履きを乾きやすいようにと、学校の隣のビルの屋上に置いた。道路を跨いだ向こうにあるのに、那梨の大型クレーンほどの手の長さからすれば、すぐそこにあった。腕は唸りを上げて上空を旋回していった。空気が動いていた。突風となってグランドに吹き下ろしてきた。



もう一度、巨大な肉体でまっすぐに塔のように立ち上がっていた。少女の一挙手一投足で、風が吹く。土地が鳴動した。前の倍の背丈だから、視界が広くなっている。さっきは、腰の辺りまであった校舎が、膝ぐらいしかない。スカートの脇のファスナーを外していった。金属が擦れ合う、ごごごごという重い音がした。一歩毎に地面が鳴動していた。グラウンドのあちこちが、爆撃を受けているように沈んでいった。スカートの中に籠もっていた、女子中学生の秘密の花園の甘い淫らな匂いが、男達の頭上に降ってきた。那梨は、気がついてもいなかった。下着だけの姿になっていた。びゅーびゅー。びゅーびゅー。繰り返される呼吸の音が、暴風のようだった。大きいって素敵だ。もっと自由に、もっと大胆になりたかった。



「やめろ、やめるんだ」

六木先生が、両手を振り回していた。教師の必死の説得も逆効果だった。むしろ少女の嗜虐的な欲望を煽ってしまっていた。自分の巨大な肉体と比較しながら見下ろしていると、哀れなほどにちっぽけな存在に過ぎなかった。真上から見下ろしているので、なおさら卑小に感じられるのだった。足元の一匹のハムスターのようだった。かろうじて親指一本ぐらいの背丈だろうか?捨てたタバコのように、足の裏で踏みつぶせそうだった。那梨は男性の視線も意識していないように、自分勝手な壮大なストリップショーを、傍若無人に続けていた。そのまま、しゃがみこんでいった。和式の便所座りの姿勢になっていた。



先生の頭上で、跨ぐような位置だった。パンティを膝の辺りまでずらしていた。指で性器の割れ目を開いていた。尻を動かして狙いを定めた。下腹部と肛門に力を入れた。膣の筋肉を搾っていた。内部に貯蔵されていた大量の愛液が、彼の頭にどろりと降り注いでいた。

「先生、水も滴る良い男ですよ!」

笑っていた。尿意を覚えていた。このまま、用を足してしまおうとか思った。校庭には大きな水たまりができるだろう。その中で溺れさせてやろうか?面白そうだった。しかし、もう少し楽しみたかった。六木先生の筋肉質の身体を鷲掴みにしていた。彼女の手の中で、手足をばたばたさせている。びくびくと動く胴体の熱と固さが、何かを思い出させた。何だろう?知っている感触だった。口に入れたくなった。食欲ではない。もっと違うものだ。でも、その前に下半身のあそこの飢えを満たしてやる必要があった。



二十倍の巨人になった姥山那梨は、六木先生を自分のパンティの前に頭から挿入していた。彼の姿が透けてみていた。黒い毛髪の生えた、後頭部の丸い形が分かった。綿にストレッチ性のある天竺素材を混合した履き心地の良いショーツだった。足口にレースをあしらっているので、食い込みを防ぐことができていた。もそもそと蠢いていた。ビキニラインまで、無駄毛を処理しておいて良かった。本当は、身だしなみの良い女性と信じてくれるだろうか。苦しいのだろう。熱いのかもしれない。空気はあるのだろうか?簡単に窒息させるつもりはない。むしろ、あのゴリラのような体力で暴れてもらいたいのだ。狭い空間で巨大な女性性器と、濡れた陰毛にからみつかれていた。逆さまになっている。先生の頭部と、自分の勃起したクリトリスと、どちらが大きいだろうか?彼に、咬んでもらいたかった。指で顔の位置が、真珠の前に来るように腰をひねって移動させていた。



彼の両手が、那梨の敏感な雛尖を掴んでいた。そこだけが、水面に出た岩のようにしがみつかれていた。苦しいのだろうか?六木先生が、かりっと皮の剥かれた無防備な果実を食べてくれたような気がした。快感が、鋭い電流のように、あそこから脊髄を通り脳髄まで走り抜けた。ひゃん。思わず腰が動いた。六木は顔面を、固い岩のような膨張した物体に強打されていた。顔が肉の割れ目に呑み込まれていった。両手で引き剥がそうとするのだが、筋肉の圧力の方が、彼の腕力を凌駕していた。体操服のジャージは、ぐっしょりと油のような濃度の高い液体を吸収していた。重く肌に粘り付いていた。内部に吸飲されていった。命綱を両の手首に巻き付けて何とか耐えていた。



「先生、さすがに、大人の男の人ですね。女の弱点を、ちゃんと知っているんですね。もう少しだけ力を強めてくれませんか?くすぐったくて」

何だろう。違和感がある。初めてのはずなのに始めてじゃない。この感覚を知っているような。前にも試したことがあるのだろうか?そんなはずはない。『地球贋物記』で贋物の町に来たことはあるけど、あそこはいつも無人だった。小人と戯れたことはない。股間に両手を伸ばしていた。白くて滑らかな内股を擦り合わせていた。



六木先生の方はといえば、教え子の十五歳の少女のパンティの生地の弾力で、大の男の教師たるものが、身動きのとれない状態になっていた。ストレッチ性のある湿った布地の弾力と、少女の性器の間に挟まれていた。磔の状態だった。暴れたので手足に濡れた陰毛が、ロープのように何本もからみついていた。逆さまにされている。頭に血が上っていた。鼻の穴から少女の分泌する液体が、容赦なくじくじくと浸入してくる。口から吐き出していたが、間に合わないような分量があった。溺れそうになっていた。数え切れない程の窮地をくぐり抜けてきた彼としても、これはかなりの危地と言えた。彼の筋肉質の背中が、厚い生地を通して巨大な力で押されていた。那梨の指が、先生の身体を、自分の性器の割れ目で、挟み込むように圧迫しているのだった。彼は、匂い高い少女の肉の割れ目に呑み込まれていった。柔らかくてすべすべとした膣の粘膜に包囲されていた。呼吸をするたびに、口から鼻から少女の匂いとその分泌物が、どうしようもない力で浸入してくるのだった。尿道口が眼前に穴を開けていた。アンモニアの鋭い臭気にむせていた。美少女のパンティの中に幽閉された虫のようにいいなりだった。六木は白い歯を見せて、ふてぶてしく笑っていた。彼が見込んだ女だけあった。尿道に指を数本、挿入して、ぐりぐりとかき回していた。



根本雪菜は、自分の膣からタンポンぐらいの大きさのエントリープラグを取り出していた。愛液が、無人の暗黒に閉ざされた中学校の女子トイレの水面に滴った。内部の搭乗席には、使徒は乗っていなかった。逃げられていた。女子生徒の制服と下着の重圧で、コンクリート三階建てのビルの構造材が、不気味な軋み音を立てていた。倒壊も近いだろう。「廊下を走るな」というポスターの貼ってある廊下を全速で走っていた。



那梨は、ブラジャーとパンティも脱いでいった。どしん。ずしん。一足毎の衝撃でみんなが、空中に跳ね飛ばされていた。二十メートルの長さのある肉の重機のような足が、もの凄い速度で移動しながら、空気を移動していた。突風にグラウンドの砂が飛んでいた。石礫となって攻撃していた。命中したら、空気銃の弾ぐらいの威力がありそうだった。パンティの中には、六木先生の大の字になった姿も見えたが、ぐっしょりと濡れて、ぴくりとも動かなかった。生死も定かではなかった。教師を性の道具に貶めたのだ。女の子のあそこの内部で、溺死したのだろうか?そんなこと、あっていいことではなかった。



太郎は、打ちのめされていた。立ち上がることもできなかった。あまりのことに腰が抜けていた。何だろう?ひどく不愉快だ。姥山の非人間的な行為が信じられなかった。あんな女子生徒ではなかった。野球部の優勝のために、マネージャーとして献身的に尽くしてくれていた。太郎を含めて下級生は、彼女をアイドルのように尊敬していた。遠くから眺めて胸を熱くしていた。初恋の対象だった。その憧れの先輩が、教師をおもちゃにしているのだ。少女の下半身の濃厚な匂いに嘔吐していた。何滴もの重い液体が、地面に無数の穴を穿っていた。



壮大なストリップショーが続いていた。那梨は、野球部員全員を両足の間に入れた態勢から、なおも大股を開いていた。ずずずずず。大地が鳴動していた。太ももの内側には、何匹ものカタツムリが這ったような条痕が光っていた。自分の股間に手をあてがっていた。一メートル半はある割れ目から、六木先生の下半身が出ている。先生のトレードマークのジャージの二本の足が、力泳を続けているように、ばたばたと空中を蹴っていた。少なくとも、先生はまだ生きているのだ。安堵していた。先生の足よりも大きく太い少女の人指し指が、敏感な肉の芽を中心に性器を激しく摩擦していた。肉と肉が擦れあう湿った音がしていた。ぐちゃ。ぐちゃ。くちゃ。くちゃ。ああ。ああ。あはーん。あう〜ん。淫らな声と連動していた。もしこの町に住民がいたとすれば、全員を眠りからさます警報のような大声だった。



姥山那梨はオナニーをしていた。部屋で一人だけでもだえているよりも、男子生徒の観客がそこにいてくれるだけで、何倍も燃えることができた。あそこの感度が違った。肉芽が、いつもよりも元気に勃起している。じんじんしていた。下半身から大脳に快楽の情報が、大量に送信されていた。



戸外なので、声を出しても平気だった。自分の部屋で、自分が出した声の大きさに、びっくりしてベッドから飛び起きることがあった。情けなかった。カーテンを厚くしたのも、そのせいだった。遮音効果も考えなければならなかった。この世界では、そんな遠慮はいらない。まして、あそこには、六木先生が挿入されているままなのだ。彼にだけは、自分のすべてを知っておいて欲しかった。もっと奥まで呑み込みたかった。陰毛が彼に擦れて絡み合っている。じゃりじゃり。耳障りな音を立てていた。女としては、太くて濃い。ちょっと手入れを怠ると、下腹部に逆三角形に繁茂してしまう。精力の旺盛な証拠だった。はあ。はあ。はあ。顔の側面を校庭につけて、横を向いた彼女の丸い口元からは、直径一メートルはありそうな空気の玉が、吐息とともに、何発も、ぼっぼっと発射されていた。校庭の端の桜の木の枝を、わさわさと揺らしていた。



興奮した巨大な女体からは、少女らしい体臭の甘い匂いが漂っていた。学校の敷地に春の気配のように充満していった。股の間に滴る液体によって、校庭に水たまりができていた。陰毛は性器の充血によって、毛根を上に引っ張られるようにして立ち上がっていた。女性の濃厚なフェロモンが、野球部の健康で精力旺盛な十代前半の男子生徒の股間を直撃していた。すでに堪えきれずに、夢精のように漏らしている者もいた。



通常の二十倍の巨大さを持った女性性器のすべての部分が、太ももの間に入れられている彼等の眼前に、残る隈無く展覧されていた。小便の出る尿道の穴までが判別できた。紫色の肛門までもが、尻の肉の隙間に、きつく埋没されながらも見えていた。医学書で女性性器のページを盗み読みしている時の比ではない。実物のみが持つ迫力があった。大陰唇は、充血して、土手のように左右に反り返っていた。高く厚く盛り上がっていた。内部の小陰唇の襞は、先生の身体を内部に呑み込もうとするような巻き込むような動き方をしていた。



白家太郎も、嫌悪感に満たされながらも、身体の一部は、自分の理性とは異なる反応を示していた。空気は、巨大な女体の肉の体温によって、彼女の体温の高さに近いところまで温められていた。季節はずれの夏が、この学校にだけ訪れているようだった。蒸れた女の体臭が、濃厚に大気に放射されていた。夏の体育館で、女子バレーボール部が練習試合をしているときに、嗅いだ臭いだった。あの時には、数百名の女子が体育館に詰め込まれていた。今の、姥山那梨は、一人だけでそれよりも、濃厚な臭いを発散していた。今までに体験したことのない強烈さだった。



彼女が口から発する吐息と甘い声。それに臭気と地面の規則的な振動。五感のすべて刺激されていた。明らかに、パンツの中に射精してしまっている者がいた。ズボンの前の無意識に手をやって、揉んでいる男子生徒もいた。大胆なことには、チャックを下ろして、彼女の方に器官の先端部分を向けて扱いている者もいた。鼻血を出している者もいた。



こんなことありえない。してはいけない。それは分かっている。あの巨大なだけの女の誘惑に負けることになる。いや、誘惑などしていない。彼等など眼中にない。単に、オナニーしているだけのことだ。彼等など存在していないように振る舞っている。見られているとさえ思っていないかもしれない。男を侮辱しているのだ。本来ならば、怒る場面だった。だが、太郎は抵抗できなかった。ひどい女難の相。根本雪菜の声が蘇った。ひどく清純できれいな顔に思えた。彼女は、何を予想していたのだろうか?



赤梨仁哉だけが、かろうじて自制心を保持していた。目を限界まで大きく見開いた赤梨に、太郎は顔を思いっきり殴られていた。びんたされていた。びっくりしていた。が、なぜそうされたのか、すぐにわかった。先輩の目が、俺にも同じことをしてくれと命令していた。太郎もためらうことはなかった。



顔と手の双方の痛みで、いくらか頭がすっきりとしてきた。太郎は、奥歯で頬の内側を噛んでいた。口腔に溢れる自分の血の鉄のような味と臭いが、いくらかの冷静な時間を稼いでくれていた。巨女との間合いを計っていた。



それでも、先生を救出するために、これ以上は近寄ることもできなかった。何とか隙を見つけて、二本の足を持って引っ張ってやりたかった。六木先生の息が、いつまで持つか分からなかった。那梨は、快感のままに、白い腰を動かし続けていた。巨大なガスタンクのような白い尻が、地面に、ばしんばしんと激突していた。そのたびに、臀部の肉の曲面に合わせて、グラウンドに大きな窪みが生じていた。巨大な肌色の素肌の両脚は、二本の肉の塔のように揺れ動いていた。



ああ。ああ。ひいい。ひいい。

奇声が、学校の窓ガラスに反響していた。ぱりん。何枚かが割れていた。超音波が発生しているのかもしれない。白家の耳は、大音響の連続に麻痺しかけていた。赤梨の言葉も聞こえなくなっていた。



根本雪菜は、ヌードで巨大な馬ぐらいあるペニスにしがみついていた。むくむくと反っていく。固くなっていく。内部を流れる血流の音を聞いていた。海綿体に血液が充填されていく。乳房の間に脈動する血管を挟み込んでいた。縄ぐらいの太さがあった。振り落とされたら、どうなるかわからない。二つの肉の皺の寄った怪物のような睾丸に押しつぶされてしまうだろう。この肉棒の持ち主が、パンツとズボン越しに扱いている。もみくちゃにされていた。必死にしがみついていた。亀の頭の窪んだ部分に両手を回していた。白いGUNZEIのパンツの内部は、体温でどんどん暑くなっていく。自分の汗で手がすべりそうになる。発射が近いのが分かる。ぶるぶると震えていた。

「マジで!超ヤバいんすけど!」

爆発の瞬間に備えていた。ぐうっと反り返っていった。



全裸の那梨は、学校のグラウンドに三十メートル以上の巨体を大の字にして横たわっていた。最初のクライマックスを迎えていた。声が窓のガラスを突き破っていた。



何トンもの重量のある臀部は、見えないペニスを求めて止まぬように、淫らに前後の動きを続けていた。膣は、六木先生を愛液の流出とともにぬるりと、ひりだしていた。それを、赤梨と白家の二人が救出していったことにも、気がつかないほどに快感の天上空間を漂っていた。



豊かな脂肪が乗りはじめて、消化器官や聖なる子宮を守っている白い腹部の隆起が、今の彼女には障害物となっていた。死角ができていた。その影になって見ることができなかったのだ。三名の男の命を間一髪で、自分の太ももの下敷きにしそうになっていたことにも、気付くことはなかった。寝返りをうつように、身体を横に倒しただけのことだった。男子生徒達は、彼女の声の力だけで脳しんとうを起こしていた。失神している野球部員もいた。太郎は赤梨のアイデアで、耳に唾液で湿らしたティッシュ・ペーパーを詰め込んでいたから、意識をなくすという最悪の事態は、何とか免れたのだった。さっきまで溺れていた人のようだった。先生は、全身がびしょびしょに濡れていた。鼻からも口からも、粘着力のある液体を、大量に吐き出していた。二人の男子生徒は、先生の脇の下に肩を指し入れていた。濡れたジャージでさらに重くなったようだった。もともと六木は、野球で鍛えた筋肉質の大男だった。その身体を引きずるようにして、何とか安全地帯まで運んでいった。



姥山那梨は、身体の下に当たる地面の冷たさを頬と側面に感じていた。ほてった肌に土の冷たさが、ひたすら心地よかった。パウダーのように細かく感じられた。肌に優しかった。彼女の膨大な体重のせいで、身体の形に合わせて沈んでくれていた。羽毛ベッドに寝ているようだった。もしかすると、自分の部屋のベッドで眠って、夢を見ているだけのことかもしれない。それぐらいに快適だった。



肩肘をついて起きあがっていた。少し眠っていたのかも知れない。自分の痴態を、かぶりつきで観察していた小さな男達の姿も、いつのまにか足の間から消えていた。まあいい。短時間だが、エクスタシーのあまり、失神していたかもしれない。いつでも、駆り出せるだろう。



それも、『地球贋物記』のゲームのこのステージの終了のための条件だった。「人間狩り」。小人ハンティングだった。学校の建物をすべて取り壊しても、虱潰しに見つけてやるつもりだった。二十倍の体格の彼女にとっては、中学校といってもそれほどに広い場所ではなかった。すぐに済むことだろう。



那梨の黒髪の頭は、校庭の端に一列に植えられている、樹齢五十年を越えるという染井吉野桜のすぐ木の下にあった。長い両脚の学校指定の紺色のソックスを履いたままの5メートルの可愛い足は、校庭から外の道にまで、出てしまっていた。道路の向こうの住宅まで巻き添えにしていた。踵で駐車していた自家用車を押しやってしまっていた。二台が正面衝突していた。爆発し炎上していた。踏み潰された空き缶のように、平らな金属のかたまりにまで変形してしまっていた。心を乱される光景だった。



中学校の周囲には、外から無関係な第三者に校庭を見られないようにするために高さ3メートルの煉瓦塀が巡らされていた。かつて軍事施設として利用されていた時代の名残だった。それらも数百キログラムの重量のある逞しい平目筋(ふくらはぎ)の重圧によって、押し倒されてしまっていた。脆いウエハス細工のように壊れていた。ひかがみで、校庭の鉄棒を曲げて倒してしまったことにも、一年生の園芸委員だった頃には、丹精をこめて育てていた花壇の花を根こそぎにしてしまったことにも、ともに無関心だった。



地下の水道管が壊れたのだろう。道路の割れ目から、水が噴き出していた。喉が乾いていた。那梨は、水を飲むためにのっそりと起きあがっていた。地面の裂け目に口を付けて、溢れる透明な水をごくごくと飲んでいた。顎から滴る水滴を、手の甲でぐいっと拭っていた。水は道路を流れ下って、あの車の事故現場を消火していた。



自分のあそこに、六木先生が入っていないことに、ようやく注意が向いた。すうすうしている。空気が通っていた。空虚感があった。ぶるるん。巨体を奮わせて立ち上がっていた。汗で体表に付着していた大量の土砂が、雨霰と地表に降り濯いだ。額に張り付いた黒髪を、両手の指先で左右に掻き上げていた。後頭部で髪をまとめていた。無意識に編み上げるようにしていた。また探せばいい。それだけのことだった。逃がしはしない。下唇を噛んでいた。



大の男である六木先生を、パンティの中に入れるという、自分でも考えていなかった破廉恥な行為が、少女の欲望に火を付けていた。自分の手ではない。男の身体そのもので性器をかき回されている。愛撫されている。ペニスだけではないのだ。生まれて始めての体験だった。そうだろうか?どこかで、この感触を知っているような気がした。指でなのかもしれない。懐かしい。強い感覚があった。悲しくなるぐらいだ。片方の瞳にだけ、涙が一粒だけ流れた。本物の男の性器でなくてもいい。楽しければそれでいい。自分は、この贋物のゲームの世界では、望みさえすれば、何でもできるのだ。それを止められる者はいない。警察も軍隊も、この世界には存在しないのだから。厄介な物は何もない。試験も学校もない。校舎に注意を戻していた。



那梨は、校舎にかけたままの中学校の制服と下着を、ちらりと眺めた。もう少し、このままでいようと思った。ヌードの開放感を満喫していた。彼女は、もともと自分のスタイルに自信があった。薄着で、野球部の下級生の男子生徒に、わざと肉体のラインを見せびらかしてやっていたこともある。彼等の欲望に満ちた獣のような視線で、乳房を貫かれるようだった。乳首に快感の電流が走った。赤梨仁哉に慎むようにと注意されていた。その場では謝っていた。が、本心では止めるつもりはなかった。彼が悪いのだ。



父親が、ニューヨークでアーティストとして活動していた。彼は子供時代のほとんどをアメリカで過ごした。完全にバイリンガルの帰国子女の一人だった。どこか他の生徒とは異なる、大人びた雰囲気を身にまとっていた。同世代にはあまり興味がなくて、年上の男性に関心がある中学生の女子生徒達を引きつけていた。それはいい。でも、那梨は、自分だけは見てくれなければ嫌だった。許せなかった。ユニフォームの洗濯で濡れたから。合法的な理由を見つけては、できる限り下着や肌を露出していた。今は、その行為が、何の策略も遠慮もいらずに実行できるのだった。



見られても減るものではない。もっと見て!校舎の上を跨いでいた。指で性器の割れ目を拡げていた。普通ではできないことだった。猥褻物陳列罪でつかまってしまうだろう。つまり、人間の法律は、人間の自然のままの美しい肉体を、猥褻として貶めているのだった。奇妙なことだ。人間の裸は、美しいものではないだろうか?那梨は、六木先生や赤梨の割れた腹筋を美しいと素直に感動できた。男性の美と力の具現だった。そのすぐ下にある性器の逞しさを、自然に連想することができた。



割れていても、まだ少しは残っている窓ガラスに性器を映していった。その内部にいるはずの男達には、窓いっぱいのアップになって見えていることだろう。ゆっくりと腰の位置を移動していた。一教室毎に、実行していった。もっと見ていいのよ。あなたが、欲しいわ。入れてちょうだい。



もう一度、彼等と中学校の野球部の男子部員全部を、自分の快楽のための道具にしようと決めていた。全身の細胞が、快楽を求めて火照っている。巨大になるということは、性感も増幅するということなのだろうか?自分は、こんなにエッチな女の子であったのだろうか?『地球贋物記』のゲームの世界に影響されているのかもしれないという発想は思いつかなかった。



校舎の窓の外には、巨大な那梨の顔があった。笑っている。窓ガラスを指で突き破っていた。破片が散ったが、傷つくこともなかった。3センチメートルのコンクリートの耐震構造の堅固な壁も、彼女には、1ミリ半ほどの紙のように薄い存在に過ぎなかった。巨大な乳房を、ぶるんと振り回した。ビルを破壊する鋼鉄の球体のような威力があった。乳首が壁を貫通した。一番上の階の教室を粉砕していた。校舎の端の教室から机や椅子が、はじけ飛んでいた。爆弾が破裂したような惨状だった。血祭りにしていった。机も、椅子も、彼女の巨大なクレーンのような手の中に、一度に何組もが捕まれていった。校庭に捨てられていった。凄まじい音が響いた。呼吸の風が、轟々と吹き込んでいた。少女の乾いた口の中の匂いがした。白家太郎が、机の中にしまい込んでいた赤点のテストの答案が、空中に舞っていた。掴んだと思った瞬間に、彼女の手の中に捕まれていた。指には、まだ女の匂いが、ねっとりとした液体と共に濃厚に付着していた。



6/時のない部屋

根本雪菜は、クイズ『ペンタゴン』とかいう番組に出演していた。五人の解答者の中に、敵の首領がいるのだ。商品は、南極旅行だった。勉強は苦手だ。冷や汗をかいていた。

「問題です。次の内、一番、不幸な人は誰でしょうか?

一、 霊感のある葬儀屋
二、 花粉症の樵
三、 冷え性の雪女
四、 知識オタク
五、 首のないイケメン

 正解は?」

司会者の男に、「アホー。アホー。」と、からかわれていた。その時、スタジオ中の電気が一斉に消えた。暗黒が訪れていた。鳥の羽ばたきの音が、スタジオに木霊していた。会場の観覧席には、何体もの石仏が並んでいた。飛び越えていた。



その部屋には、時間がなかった。壁の時計は、古い手巻き式だった。ネジが切れて止まっていた。厚い緑のカーテンを閉め切っていた。図案化された森の木立の模様だった。部屋の中には、夕暮れのような薄闇が、いつもうずくまっていた。古い和室の二階の角の部屋を洋風に改造したものである。天井には、太い梁が黒々と通っていた。わずかな隙間から覗く戸外には、灰色の霧が深く立ちこめていた。姥山の実家は、都心では珍しいほどに敷地が広くて、屋敷森が茂っていた。高い木の梢で思い出したように鳴き交わす烏の鳴き声以外に、聞こえてくる音はなかった。赤梨仁哉は、野球部の活動の打ち合わせに何度か訪問したことがあった。海外生活の長い彼には、那梨の母親が三時のお茶にと饗してくれた、緑茶と和菓子の取り合わせさえもが珍しかった。食べ慣れたファストフードとは、異なる情緒があった。



勘の鋭い赤梨仁哉には、部屋の四方の隅は、いつも何か悪い物が潜んでいるような異様な気配が感じられていた。霧が立ちこめているように、角の部分を見通すことができなかった。サッシを閉め切っている。外の霧が、入り込んで来るはずもなかった。時に、無数の石仏が立ち並んでいるようにも、見えるときがあった。血塗れの鎧を着た武士が、刀を手にたたずんでいることもあった。彼には首がなかった。仲間に言うべき事ではなかった。怖がらせることにしかならないだろう。みんな不安で堪らないのに、余計な心配の種を蒔くつもりはなかった。



彼等は、二十分の一ぐらいの小人にされてしまっている。眼球も、数ミリメートルの直径しかないだろう。遠いところまで見通す視力が弱くなっている。何か普通では気が付かないものが、見えるようになっているのかもしれない。



他の誰にも話すことはなかった。が、彼には子どものころから、他の人にはない視力があった。ニューヨークの地下鉄で、ホームに立っていたときのことだ。鼻の奥がつーんとした。目に涙がにじんだ。あれが、見えた。老人は、両足がなかった。膝から上だけが宙に浮かんでいた。なんだ、西洋の幽霊にも足がない人がいるのだ。日本のそれと同じではないか?大人は嘘つきだと思っていた。目尻の涙を指先で拭っていた。後になって蛇の持っている「第三の目」のことを耳にした。蛇の場合は、あの正面を向いた鼻にそれがある。ビット細胞というそうだ。これで獲物の存在を探知する。それが、人間の鼻の痛みを感じる細胞と同じ種類だというのだ。山葵を食べた時のあの感覚を、蛇もあの無表情で味わっているのかと思うと、妙に愉快だった。幽霊のような枝葉末節な問題よりも、今の赤梨には、この状況下で、六木先生と野球部のみんなの生命を、どのように守るかという重い課題があった。



六木先生は、那梨に屈辱的な拷問のような行為を受けてから、寝込んでしまっている。責任は、元主将である彼の背中に重くのしかかっていた。白家太郎に負わせるべき重荷ではなかった。彼女が運んでくる「食料」の回数だけで、かろうじて時間の経過を図っていた。二人の関係については、野球部の仲間達も気が付いている。これが、彼女の復讐であるとすれば、その怒りが、赤梨の態度の変化によって解けないかと考えたとしても、無理からぬことである。彼等が赤梨に、那梨との関係の改善を要求したとしても、当然の成り行きだった。しかし、事態は、そんなに単純ではなかった。もっと、複雑に絡み合っていた。



白家太郎は、赤梨先輩の指示で、手持ちのナイフで、彼等が今なお塒にしているプレハブの野球部の部室の壁に、刻み目を入れていた。建物毎、この部屋に連れてこられたのだ。姥山が学校の敷地から、簡単なコンクリートの基礎の部分毎、怪力で引き抜いてきたらしい。土台には、なお幾らかの土がこびりついていた。



今では、那梨の北欧製の天然木百パーセント使用の豪華な学習机の上に載せられている。十分の一のサイズである。つまり、二十分の一の彼等には、倍の背丈の巨人が住む館だった。二十数名の部員全員が、内部で寝泊まりするだけの面積があった。部室には、八畳の和室がついている。以前から、そこで寝泊まりも可能だった。今の彼等には、三十畳以上の広さのある大部屋のようだった。そこに、雑魚寝していた。水道も流し台も、ガス台もついていた。インスタントラーメンぐらいならば、湯を沸かして簡単に作ることができた。



六木先生だけは、布団が入っていた押入の下段を利用した専用の病室に寝ている。安静を保つためである。反対する者はいなかった。中の布団は、外に出して万年床として、畳に敷かれたままにしていた。



部室の一段下がった場所は、もともとコンクリートの打ちはなしだった。様々な用途に活用されていた。ミーティングをしたり、休憩をしたりしていた。そのために、テーブルと椅子が入っていた。それらは、すべてが外に出されていた。彼等には、倍のサイズで大きすぎたからだ。大人用の家具を、幼児が使っているようなものだった。使い勝手が悪かった。椅子によじ登らなければならない。不愉快である。



同じことは、ロッカーにも言えた。二倍の高さがある。鍵を持っている者がいても、二倍の鍵穴ではサイズが合うはずもなかった。これも、扉が開く物で、使える物は使うことにして、ロッカーの本体は外に出してしまった。横にしておいた。テーブル代わりにしていた。



それでは、今は何に使用しているのかと言えば、布団を敷いて寝場所になっていた。布団は、姥山那梨が提供してくれたものである。彼女自身が、使い古した下着だった。パンティという奴である。洗濯はされていた。石けんの良い香りがそこはかとなく漂っていた。赤や黄色の縦に長い染みが、股間の裏地がついて厚い部分に刻印されていた。前も在れば、後ろもあった。女性特有の生理的活動の痕跡だった。元の持ち主の身体的な特徴が、表現主義の抽象絵画のように、表現されていた。シュールレアリズムのデカルコマニーという手法のようだと、西洋の近代絵画が好きな赤梨仁哉は、考えることがあった。



生地の感触は柔らかく、吸湿性もいい。汗を吸い込んでくれる。那梨が、気が付くと交換してくれていた。汗を吸い込むだけのかび臭い万年布団よりも、それなりに快適だった。ウエストのゴムが、緩んでいるのも好都合だった。五、六人が一度に使用できる。自尊心に目をつむってもらえれば、寝袋のように便利に使えた。生地の間に潜り込めば、シーツ代わりにもなるのだった。畳の上の万年床よりも、こちらを好む者が何名かいた。



赤梨は、各人の自由な選択に任せていた。長期間の宿泊合宿をしているようなものだ。赤梨は、わざと陽気に笑っていた。「試験も何にもない」時間を楽しもう。そう励ましていた。ただし、ショーツの中でのマスターベーションは、不衛生なので厳禁としていた。欲望を覚えた者は、静かに無言で、隣のタイル貼りのシャワー室に入って用を足していた。



この場所の奥には、トイレ兼用のシャワー室があった。ガス湯沸かし器を使って、熱湯のシャワーを使うこともできた。さいわい下の位置の器具ならば、彼等の身長でもかろうじて手が届いた。笑ってしまうのは、この世界の成り立ちのいい加減さだった。水道もガスの管も、電気さえも繋がっていない。それなのにシャワー・ルームは、十分に使えるのだった。ありえないことだった。赤梨は、笑いを堪えることができなかった。あらゆる物理法則を無視していた。



それが、可能なのが、この姥山那梨が生み出した小世界なのだと思うしかなかった。理屈に合わないと憤慨するよりも、少しでも文化的な生活ができることの方が、みんなには重要でありがたかった。



実際、このシャワー室がなかったら、彼女への奉仕作業は、遥かにやりきれない物になっていただろう。女の臭いを熱湯で消せるだけでも、ありがたかった。十五歳の少女としても、自分の大事な所に触れる男達に、清潔でいてもらいたかったのだろう。衛生面だけは重視していた。夜毎、数人の男達が、彼女のベッドに呼ばれていった。行為の前には、部屋についた水道のシンクで行水をさせられていた。朝にならないと帰ってこなかった。帰ってこない者もいた。何をされるのか、全員が知悉していた。骨身に染みていた。彼女のために、夜のお勤めをするのである。五人ぐらいが、赤梨の人選でチームを組んでいた。交代制で呼ばれていた。月に一度の4、5日間の定期的な休暇以外は、ほぼ毎日のことだった。



部室の脇には、プレハブの壁と同じぐらいに巨大な液晶画面を持った、ラップトップ型のコンピュータの画面が、青白く発光していた。木の机の板は、広大な面積があった。テニスコートが、四面ぐらいは取れそうだった。



彼等が、ここに運ばれてきた時のことは、全員が失神していたらしく、赤梨がみんなにインタビューをしても、思い出せる者は一人もいなかった。白家の壁の傷跡も、百を越えた。それから計算すれば、優に一ヶ月以上が過ぎ去っているようだった。しかし、そんな気がしない。時間の感覚がおかしい。昨日と今日の区別がつけられなった。今日と明日にしてもどうせ、そうなることだろうと思うと、ますます今という時間の意味が薄らいでいくのだった。部屋の隅で首のない武士が、狒狒脅しの鎧の背中を向けていた。重圧に押しつぶされそうに曲がっていた。



今、姥山那梨がこだわっている勝負事があった。全裸の巨大少女は、白い北欧製の頑丈な木のベッドの上に、大の字になって横たわっていた。腕枕にして首を曲げていた。首から下の身体を物憂げに眺めていた。数名ずつの小人を左右の乳首の上に乗せている。蟻ぐらいにしか見えない。ほとんど区別はつかない。赤梨君だけが、ユニフォームの色を変えているので、それと分かる。自分の心臓の鼓動を感じてくれるように、いつも左側に乗せている。二つの肉の小山も、日によって大きさと形を変化させている。『地球贋物記』というゲームで、身体のパラメーターの数値を変化させれば、良いだけのことだ。そうと説明されていた。簡単に理想とする体型になれた。トップバストとアンダーバストやスリーサイズの数字を入れるだけだ。



ダイエットなんていらない。便利だ。自分の身体を、粘土細工のように改造する事には、自虐的な喜びがあった。自分てなんなのだろう?それすら、分からなくなってくる。彼に愛されなかった肉体に、何の未練もなかった。那梨は、赤梨に無邪気な少女のようなふりをして、わざと白い歯を見せて笑いかけてやっていた。今の乳房は、彼には高い肉の山のようだろう。地面の隆起のようなものだろう。美醜を判定する範囲を超えていることだろう。確実なのは、それが快感を与えてくれる器官だということだけだった。



微苦笑するだけで、みんなが乳首に必死にしがみついてくる。墜落を恐れているのだ。息を吸って胸を膨らましていた。標高を上昇させていた。びっくりしていることだろう。せいぜい3ミリメートルぐらいにしている。自分は彼等には、600倍の巨人だ。その168センチメートルののびやかな姿態は、1000メートルを越えているだろう。山脈が横たわっているようなものだ。呼吸は山岳地帯の暴風と同じ威力を持っているだろう。このまま、ふうっと軽く息を吹きかけるだけで、全員が空中に飛ばされることだろう。まだ何もしていないのに、誰かが向こう側に転落していた。彼女には、自分の乳房に遮られて、彼の姿が見えなくなっていた。愉快だった。



彼等は、神聖なはずの野球のバットで、乳首を四方八方から攻撃させられていた。叩くのも、切るのも、殴るのも、自由勝手だった。自分達が、彼女に対して、いかに卑小な存在なのかということを、思い知らせるためなのだろう。那梨の好きなパターンだった。右側の乳房は、東軍と呼ばれていた。左側が西軍である。どうして左右が東西なのかは、不明だった。白家太郎のかけ声に合わせて、全員が渾身の力をこめてバットを振っていた。気合いのこもったかけ声をかけていた。手加減はできなかった。これもスイングの練習になるから。みんなをそう励ましていた。さぼるとそいつには、那梨の圧迫刑が待っている。乳房の下敷きにされる。ぐったりとした男は女の胸に乗せられて、隣の部屋に運ばれていった。そこから、帰ってきた者はいない。どうなっているのか分からない。那梨も、笑って教えてくれない。喰われたのだというのが、みんなの共通した意見だった。



今日の那梨は、彼等が乳山の山頂から一望するだけでは、全く感じているようには見えなかった。むっつりとつまらなそうな表情をしている。彼女は顔だけでも百メートルはあった。全体を一望にはできない。ここに赤い唇が左右に、二十メートルぐらいに割れている。裂け目になっていた。そこから、吹いてくる風に注意しなければならない。さっきも、一人が乳房の裏側に落ちていた。仲間が数人がかりで救出にいっていた。鼻は中央に聳える隆起だった。二つの穴からは、呼吸のたびに空気が轟々と出入りしていた。両の黒い眼球は、白い背景に浮かぶ円盤だった。虹彩の茶色が深い。睫は一本が数十センチメートルはあるだろう。それが整然と並んでいる。またたきのたびに、上下にばさりばさりと動いていた。白い顔を頭髪の黒い森が囲んでいる。異世界の風景のように眺められた。



その上に立っている紫色の乳輪の面積だけでも、相撲の土俵ぐらいはあった。乳首は凹凸の多い奇岩だった。白家は、バットを杖にした体重を預けていた。小休止を取っていた。一望にしていた。白い胸元の高原と首の尾根。顎の崖を越えて、その遥か遠くに退屈しているような顔が見えていた。左の乳房の上では、赤梨のバッドが、真上から、左の乳首にうち下ろされているのが見えた。白家は右乳房の側だった。二人の間には、乳房の深い谷間があった。そこには、熱い空気が堪っていた。そこを越えていかなければ出会えない。互いの姿が、乳房山の頂に頼りないほどに小さく見えた。ゴムのような弾力が、彼等のすべての努力を無情にも跳ね返していた。那梨の口元が歪んだ。笑いの形を作っていた。白い皮膚が、わずかな桜色に染まった。毛穴から水の玉が、いくつか吹きだしていた。肉の谷底から、むうっと女臭い空気が、吹き上げてくる。かすかな興奮の徴だった。さあ、はじめるか。白家も主将として仲間達を叱咤激励していた。



「どうしたの?あなたたちが、力をあわせても、そんなものなの?ほとんど、何も感じられないわ」

那梨は苛立っていた。大きすぎて低音に聞こえる太い声を荒らげていた。白い前歯を赤く染めていた。吐息が突風となって吹いてきた。白家は、乳首の山頂から、吹き飛ばされそうになっていた。今日、何度目のことだろうか?乳首の紫の色素が、沈着した皮膚の皺に指先を食い込ませて、必死にしがみついていた。はいつくばっていた。バットは胸に抱いていた。乳房の斜面を転落したら、ただでは済まない。さっきの男も、足首をくじいていた。



那梨は、小人の男達の狼狽の様子を眺めて、にっかりと笑っていた。口の中で、何かの血の滴るような肉をくちゃくちゃと咬んでいた。赤い涎が、唇の端から垂れていた。男達は、戦慄していた。あれが、行方不明になった仲間達の、なれの果てかも知れなかったからだ。彼女は、ファストフードのハンバーグだと主張していた。しかし、風は血なまぐさい臭気を乗せて通り過ぎていった。それ以上の追究は不可能だった。白家は、真相究明は諦めている。赤梨先輩でさえできないことだった。



少女の汗の滴が、雑草ぐらいの丈のある体毛に、魚の卵のようにちりばめられていた。無数の玉となって、くっつきながら乳房の急斜面を麓の白い皮膚の起伏に満ちた大地にまで流れ下っていた。



太郎は腹部側にいた。呼吸の強風に飛ばされて、谷底まで滑り下ちた仲間を救出に来たのだった。自分も、船酔いのような状態になってしまっていた。もともと車に酔う体質だった。彼女の身体の上は、自然な人体の呼吸によってだけでも、上下に絶え間なく揺れ動いていた。食べた物を地面に吐いていた。彼女には、自分のでかい胸の影になって見えないのだ。白家は、一矢を報いた気分になっていた。後輩に手を貸して立たせようとした。しかし、汗に滑っていた。転んでいた。彼の落とし物は、汗の水たまりに溶けてしまっている。何の痕跡も残っていない。殺せば殺せ。やけになっていた。二人して乳房の下半球の壁に背中をもたせかけていた。座り込んでいた。さぼることは、死を意味する。それでも、構わなかった。



白家太郎には、太い強靱なバットである。1ミリメートルにも満たないだろう。五分間、この攻撃に耐えて、乳首が勃起しなければ、姥山那梨の側の勝ちだった。彼女は、いつも勝利を確信している。くすぐったいだけなのだ。このステージのクリアーも近いのだろう。白家は、疲労が溜まった手首の関節を、力強い手の指にがっしりと捕まれていた。赤梨仁哉だった。心配して見に来てくれたのだ。さあ、行こうぜ。促されて立ち上がっていた。雑草のような産毛が、手で掴むにちょうと手頃だった。体重を支えながら三人で進んだ。胸の下半球は、オーヴァーハングした崖である。彼等には登頂は無理だった。上半球のなだらかな斜面にまで深い谷間を迂回していた。呼吸の風が吹き過ぎていく。固い地盤のような胸骨をスパイクの靴底に感じていた。厚い皮膚の弾力は、痛みを感じることもなく彼等の体重を鼻返した。ゴムのように弾んでいた。



雪菜は、天下分け目の合戦の場に全裸で横たわっていた。片足は山の谷間に置いていた。片手で山頂を掴んでいた。雪が白装束の全身に、ひひと降り積もっていた。東軍と西軍の武将達は、彼女にはアリぐらいの小人たちだった。馬はアブラムシぐらいだった。人間には自分の姿は、雪原としか思えないだろう。無数の武士が、手に持った刀や、槍や、鎌や、鍬で斬り合っていた。馬が失踪していた。動物的な勘で、異常を感じて興奮しているのだろう。小さな蹄の感触が、くすぐったくてならない。しかし、掻くことはできない。必死に痒みを我慢していた。彼女は笑い上戸なのだ。笑いで発散できないせいで、さらに何とも言えない感覚が、体内に満ちていた。出口を求めて爆発しそうだった。



片方の素足が、無意識に山を斜面を突き崩してしまっていた。大雪崩が発生していた。峠道を埋めていた。雪菜の白い片手は、雪雲をかき回していた。嵐を巻き起こしていた。彼女の呼吸によって、天候が変化していた。雲に穴を開けていた。空気の流れを大きく乱していた。大雪が降り始めていた。下界は荒れに荒れていた。暴風になって、人々を吹き飛ばそうとしていた。



誰かを殺せば、おそらくこの世界の未来の歴史が、変わってしまう。修復に手間取れば、彼の追跡に支障を来す。それが、狙いなのだろう。騎馬武者の馬も走り回っている。主たる戦場は、彼女の身体の上から移動していた。身もだえながら、もうしばらく痒みに耐えていた。おしっこが漏れそうな感覚があった。だが、睫の長い瞳は、まっすぐに伸ばした白い指先さえも届かない空の高みで。黒いカラスが西の空に飛翔していくのを見つけていた。落ち武者達が、血を流しながら雪崩に襲われた峠を越えていく。雪菜の切れ長の瞳が、そちらを見ていた。あの向こうに何があるのだろうか?



さらにさらに猛然と雪が降ってきた。痒みに火照った肌には、鎮静効果があった。心地よかった。もともと彼女は、重症の冷え性だった。大地や大気から、つねに熱エネルギーを吸収している。暖をとっている。そのために、彼女が一定の場所に長いすればするほど、その土地の天候は不安定になっていってしまう。しかし、ついに片目の武将からの連絡が届いた。雷鳴が轟いた。敵は、すでに船で洋上に逃れたという。追わなければならない。雪菜は、積もり始めた雪を払っていた。寝返りを打って立ち上がろうとしていた。白い身体の上から、大量の雪と共に、無数の鎧武者と馬達が、ぽろぽろと零れた。あ、ごめんね。めんご。謝っていた。彼等は、着物の裾を払って黒い雲海を移動する、白雲のように壮大な少女の白い足を、夢のように見上げていた。山をその下に平らに踏み潰す大きさがあった。



根本雪菜は、南氷洋で宿敵の片目の鯨を追っていた。「地球贋物記」の生み出すゲームの世界にいた。潰れた目には、今なお彼女の銛が突き刺さっているはずだった。海賊船の船長になっていた。荒くれどもを率いていた。北方の巨人族の末裔だった。自分の胸に、北斗七星の形の傷跡を刻印していったのは、憎いあいつだった。絶対に逃がすつもりはなかった。兜には、馴鹿の骨を飾っていた。腰には海豹の毛皮をまとっていた。雪と氷の世界だ。彼女の領土だった。罠を張って、ようやくここに追い込んだのだ。船が、世界の果てにあるという滝に落ちて行っても、さらに追跡を続けるつもりだった。航海は一年間に及んだ。クリアーしないと、ここから抜け出すことはできない。



片目の海の男の砲手長が、葡萄酒を飲みながら声をかけてきた。

「雪の娘よ。わしは、あの魔道書に書いてある他界の知識を知りたいだけだ。いい加減で手を引いたらどうだ。お前達には関係のないことではないか?可愛い顔に怪我をするだけだぞ!」



海面を割って、黒い飛び魚が、氷山の上を飛び越えていた。黒鯨が変身した姿だった。カラスのような翼が生えていた。雪菜の飛行帆船も、空を飛んで後を追った。追跡をやめるつもりはなかった。雪菜は、大気中の水蒸気を凍らせて、氷柱の矢を投げつけていた。命中していた。大量得点だった。にぎやかな効果音が、祝福してくれていた。空から大量の金貨が振ってきた。「やりい!」腕まくりをしていた。このステージはクリアーしただろう。



その日も、太郎たち野球部の男子生徒は、姥山那梨の腹部の上で、東軍と西軍の二チームに別れて、野球の試合をさせられていた。姥山が、この勝負に異常なほどのこだわりを示していた。まるで、それが、世界の命運を決してしまうというような執着ぶりだった。病膏肓に入っていた。とうとう「野球場」さえ持ってきてしまった。本格的なナイターの設備がついた、施設を調達してきた。これは、彼等の中学校がある駅から、電車でさらに一時間はかかる、大都市の施設だったものだ。この県を本拠地とする球団の二軍チームが、練習場として使っているものだった。大地ごと丸く切り抜いてきたらしかった。現地では、大建築物の正体不明の消失事件として大騒動になっていないのだろうか?それ以前に、どうして中学校の野球部員全員と顧問の先生が、長期間にわたって行方不明になっているのに、警察の救助の手が届かないのだろうか?赤梨達は、不思議でならなかった。



小さな野球部員たちが戦うのを、那梨は面白そうに見守っていた。マネージャーの仕事は、くびになってしまったが、六木先生と赤梨に教えられた野球というゲームそのもののおもしろさは、いささかも減じていなかった。それ以上に、どういうわけか戦わなければならないという気がしたのだ。部屋の隅で刀を抜いて、もうありもしない頭上に振り上げている武士の姿は、彼女には見ることができなかった。



2チームに分けて対戦させていた。ベンチには補欠が待機し、一年生が応援の蛮声を上げるぐらいの人数は、常時、用意していた。彼女には、男の子が遊ぶ「野球」ゲームのボードぐらいの大きさしかなかった。縦横30センチメートルぐらいだろうか。一望にできた。部員達は蟻よりも小さかった。鼻息で吹き飛ばさないように注意していた。



彼等には、那梨の姿を判別することもできなかった。あまりにも大きすぎた。風景の一部だった。肌色の空が、彼女の肌の一部なのだろうと、ぼんやりと分かる程度だった。紫のぼんやりとした円形の影は乳輪だろうか?白家は、そっちよりもゲームに集中しようとしていた。



相手チームの指揮を取る赤梨の采配は冴えていた。彼は、こと野球のことになると、いつでも恐ろしく真剣だった。不本意にも、那梨によって寄与されたモラトリアムの時間でさえも、それなりに楽しもうとしているようだった。順応性が高い。白家のホームラン性の当たりを、赤梨が、華麗にダイヴィング・キャッチをしていた。



姥山が拍手をしていた。どしん、どしん。雷のような破裂音が轟いた。何だろう。どこかで、この状況を以前にも体験していたような気がする。既視感があった。以前に見たことのある夢を、もう一度、見させられているような。そんな妙な違和感があった。過去の時間が巻き戻されているのか?那梨のお気に入りのシーンを、何度も生身で再生させられているような気分だった。



那梨は興に乗ると、自分の皮膚の表面を直接に勝負の場所として提供していた。「野球場」というワン・クッションを置かなかった。彼女が笑うと腹筋の割れた白いお腹は、大地震の状態だった。彼女は腹部はそこだけでも、使い慣れた第2グラウンドよりも、遥かに広い面積があった。満足に立っていられる者は、一人もいなかった。



ピッチャー・マウンドは、臍の穴に近い。特に危険だった。走者も野手もバッターも倒れていた。勝利チームの予想が当たれば、彼女の勝ちだった。もちろん赤梨チームを贔屓していた。



しかし、ボールは、彼女には肉眼では識別できないぐらいに小さかった。観戦が難しい状況だった。テレビを撮影するクルーを拉致してきた。撮影させていた。地元のテレビ局のスタッフをバス一台分、さらってきた。アナウンサーの実況中継つきで、PCの画面でアップで楽しめるようにしていた。細部まで堪能できた。赤梨仁哉が活躍する好きなシーンは、何度も再生して見ていた。彼女の小人のコレクションは、徐々にだが、人数が増えて充実していった。少女時代の人形遊びのリアル版だった。興奮していた。



赤梨仁哉は、姥山那梨の背後に立っている首のない幽霊を、絶望的な気分で見つめていた。大量の山葵を食わされたようだった。鼻水をすすっていた。こいつが、姥山を操って悪事を実行させている張本人であったとしても、なすすべがなかった。顔がない。表情も読めない。意図がわからない。彼女には見えていなかった。いや、彼以外の全員にとってそうなのだ。自分だけがおかしいのか?だが、一人だけ例外がいた。白家太郎だった。彼が、おかしなものが見えると言ってくれたおかげで、赤梨は自分の正気を疑わずに済んでいた。ただし、彼には白い霧のような、ぼやけた影でしかないということだった。



白家太郎は、乳房の下半球の斜面を滑り下りた。スキー場のゲレンデのようだった。ただし空気は熱い。体温の36.5度の高さがあったからだ。那梨の腹の上に立っていた。白い高原のようだった。腹筋の起伏がある。臍の穴の影が黒い水たまりのようだった。その上を歩いていった。太郎の体重では、皮膚はほんのわずかしか、へこますことができなかった。弾力があった。鯨の身体の上を歩くと、こんな感じがするものなのだろうか?以前に捕鯨船で働く男達の過酷な仕事現場を、どこかのテレビで見たことがあったような気がする。この異常な状況に、連想できる記憶と言えば、そんなものしか思いつかなかった。ベッドの脇に黒い鳥の翼のような影がのたりのたりとたなびいていた。こいつが、赤梨先輩の指摘した「あれ」だなとわかった。負けねえぞ。拳を振り上げていた。



根本雪菜は、南氷洋で人鯨を狩る捕鯨船団で働いていた。南海のステージは、さらに続いていたのだ。人魚シギュンの解体作業にかかっていた。百六十メートルはある巨体が、甲板に横たわっていた。こいつを捕獲するゲームに手間取ってしまった。人魚の姫は、上半身は人間の姿をしている。下半身は魚だった。顔が姥山那梨に似て見えた。高価に売買される貴重な心臓を取り出そうとしていた。それで、本当のクリアーのはずだった。片目片足の船長が操縦する、大きな機械のメスがざっくりと入った。ぞくぞくするような刃物だった。全長は十メートルはあるだろう。青光りしていた。厚い皮膚を切り裂いていた。首が切断されていた。断面から赤い血にまみれた金貨がざくざくと溢れた。



男は、最初は自分の敵だと思っていた。が、違うのかもしれない。たまたま狙う獲物が、同じというだけのことだった。けれども、味方でもない。どちらが、早く目標にたどり着けるかの勝負だ。今は、たまたま共同して行動しているのに過ぎない。油断は禁物だった。その時、人魚の首の目がかっと見開いた。悲鳴を上げている。口の中には、鋭い三角形の牙が並んでいた。死んではいなかったのだ。船が傾いていく。船長は空中に機械毎、海に放り出されていた。義足の足が空を蹴った。救命艇に乗り込む黒い鳥のような影を雪菜は追った。氷の槍を投げつけていた。逃がさないわよ。甲板を蹴って宙を飛んだ。



センターの守備に立つ白家太郎の足元の白い台地は、明らかに生きていた。背後に乳房の二つの山が天高く聳えていた。山頂の乳首の辺りには、靄がかかって見ることができなかった。敵軍のピッチャーである赤梨先輩の背中を見ていた。内臓音というのだろうか?六木先生は、ようやく病が癒えていた。どれぐらい寝込んでいたのだろうか?今は、審判としてマスクをかぶっていた。それだけは、嬉しい変化だった。先生は、黒い陰毛の森を背にしている。大きな黒い鳥が翼を休めて、うずくまっているように見えた。その影がぼやけてにじんでいた。まるで二人が重なっているようだった。目を擦っていた。



他にも、太郎を落ち着かない気持ちにさせていることがあった。足元から絶え間なく聞こえる、ぐぐぐる。ぐぐぐる。ぎゅううう。ぎゅううう、という水音だった。粘着性のある液体が、地下の狭い通路を大量に流れていくような音もしていた。那梨が食べた物が、暗渠を流れている間に、消化されて吸収されていく。その過程なのだろう。もしかすると、その中に、いなくなった仲間がいるかもしれなかった。自分の足のすぐ下を、溶かされた手足や、かみ切られた生首が漂っていると思うと、どうしようもない不安に襲われた。目の前には、匂い高い黒い森があった。ぬらぬらと濡れた陰毛が、もしゃもしゃと立ち上がっている。蠢いていた。何かの影が歩いて通り過ぎていった。黒い大きな鳥のようにも見えた。黒い森の奥に秘密の泉がある。温泉だった。白家も漬かったことがあるから、良くわかっている。もわもわ。女性のフェロモンに満ちた透明な湯気を吹き上げていた。温かい風が、深い谷間から吹き上げて来ていた。背筋がぞくっとしていた。妖気が強まっていた。



姥山那梨は、いつのまにか、中学校の破壊されて使用不能になったはずの第2グラウンドにいた。制服は着ていなかった。そればかりか、下着さえも身につけていない。羞恥心を覚えることがなかった。この方が、さっぱりとして気持ちがいい。野球部の男子部員も、自分を遠巻きにして眺めているだけで、近寄ってこない。恐れているのだ。愉快だった。校舎も、あれほどに粉々にしてやったのに、いつのまにか修復されていた。昔のように威張って空に聳えていた。



野球試合のゲームのステージは、勝利でクリアーしていた。全裸の那梨は、トイレに行きたくなっていた。冷えたのだろう。3対2で赤梨の東軍の勝利だった。自分の予想が的中したことに、満足していた。しかし、校舎の中の女子トイレは使えない。この身体では、中に入ることもできない。彼女は、十倍の巨人に変身していた。どうしようか?辺りを見回していた。プールに目が止まった。そうだあそこにしよう。立ち上がった。お尻の下や足の間の地面に、赤い染みがついているのも全く気にしなかった。巨大化する肉体で潰してしまったのだろう。そこから、逃げない者が悪いのだ。



縦25メートル。横15メートル。数十名の中学生が一度に入れるプールも、今の那梨には、縦2メートル50センチ。横1メートル50センチの池のようにしか見えなかった。深さも10センチメートルぐらいしかないだろう。飛び込み台の方角からしゃがみこんでいた。足の裏にタイルが砕けている。しゃりしゃりとした乾いた感触があった。砂浜で貝殻の溜まっている場所を踏んでいるようだ。この世界の物は、何でもひどく頼りない。もう少し、手応え足応えが欲しい。物足りなくなる。底に見える中央の線に狙いを定めて、堂々と放水していった。



プールの水が、みるみる黄色に染まっていく。放水の圧力で、底が壊れて茶色く濁っていた。白い大きな泡が浮かんでいた。野球部の男子生徒は、那梨が巨大な白い尻を肛門まで露わに見せて、傍若無人に用を足している様を呆然と眺めていた。滝のような轟々と言う水音が、校舎の壁に反響していた。空気にはアンモニアの香りが充満していた。女巨人の放恣な行動を止められる者は、どこにもいなかった。プールの水を、すべて自分の小水を入れ替えることができれば、このステージも那梨の勝利である。簡単なことだった。底のタイルが剥がれていた。汚れた水中に舞い上がっていた。その下の土が現れていた。温い水が汚れていった。中から金貨がざくざくと出てきた。埋蔵金を掘り当てたらしい。こんなものが隠れていたのだ。この学校の場所には、まだ何か秘密が隠れているらしかった。大量得点だった。ラッパの音が祝福してくれていた。クリアーしていた。



白家太郎たちは、姥山那梨の部屋の中でハムスター用のオリに閉じこめられていた。住み慣れた野球部のプレハブの部室は、突然に使用禁止になっていた。厳重に封印されて、立ち入りができなくなっていた。テレビの撮影スタッフの一人が、中で首を吊ったのだ。持ち運びのできる梯子を使い、天井から縄をかけた。いつかは、こんなことが起こるだろうと、将来を悲観する白家達と、話し合っていた。互いに励まし合ったばかりの直後の悲劇的な事件だった。それを赤梨の通報で知った姥山は、激しく乱れた。何で、そんな勝手なことをするのよ。許さないわ。烈火のごとく怒っていた。他のクルー全員を連れて、隣のトイレに入っていた。彼等の誰一人として、戻ってこなかった。流されたのかもしれなかった。



姥山那梨と同じようなハムスター用の檻を、赤梨仁哉も子どもの頃に親にねだって、クリスマス・プレゼントに買ってもらったことがある。あれも、これと同じようなものだった。もしかすると、同じ地元のDデパートで購入したものかもしれない。ハムスターが、遊ぶための丸い滑車が、中央についているタイプだった。白家太郎も持っていたという。一時期、流行したことがあるのだった。ハムスターのアニメもあったと思う。素材は、プラスティック製だった。オリは紐で空中に、ぶらぶらとつるされていた。



黒い男の影が、からからと滑車を回転させていた。ジャージを着ているから六木先生だろう。体力が回復してきたのだ。ひどく嬉しかった。同時に、大丈夫なのかという不安もあった。一時は、生死の境をさまよっていたのだ。赤梨先輩は、最期の覚悟を定めていたと思う。驚異的な治癒力だった。もともと体力があったのだろう。



赤梨仁哉は、期待に満たされた目つきで、六木先生を見上げていた。だが、先生が復帰してくれるまでに、もうずいぶんと野球部員の人数も減ってしまっていた。試合もできなかった。彼自身も、いつ最期の時が来るか分からない状況だった。先生でも、この苦境からの脱出計画を案出するのは難しいだろう。人間には脱走不可能な刑務所だった。六木先生は、みんなに血色の良い顔を見せるようになっていた。押入の専用病室が奪われたことが、逆にベッドから出る決意を強めたようだった。赤梨にも白家にも歓迎すべき状況の変化だった。ものごとを悪い方にだけ考えるのはやめよう。明けない夜はない。両手で頬を殴って気合いを入れていた。



檻から巨大な那梨の部屋の全景を望むことができた。六木は赤梨と白家という新旧二人の主将と、どうすればここから出られるのかという作戦を、いろいろと議論していた。敵情視察をする軍人のような厳しい目つきをしていた。机の上のPCの画面が青白く光っている。その脇に、梱包用のビニールテープで、ぐるぐる巻きにされた、野球部のプレハブの部室が置いてある。模型の家のようだった。窓ガラスが割れていた。



PCでは、何かの映画を上映しているようだった。あれは、SF作家のレイブラッドベリが、脚本を書いたという『白鯨』だろうか?しかし、ここから見ていると、鯨が黒く見えるのはなぜだろうか?白くはなかっただろうか?屈強な女性船長も、原作にはいなかった。別の映画なのか?赤梨は、首をひねっていた。部屋の隅に、首のない落ち武者が立っている。両手が虚空を探っている。何を告げようとしているのだろうか?首がないから口がない。口がないから声がない。同情に値した。どこにも行けない。この部屋から出られない。彼等と同じ境遇だった。



水とティッシュ、それに食べ物が檻の所定の場所に、毎日、きっちりと入れられていた。野球部員全員と顧問の六木先生が中で飼われていた。皆が共同生活をしている檻の広大さから判断しても、小動物であるハムスターよりも、よほど小さくされている。あの可愛い小さな生き物さえも、今の彼等には、熊のような猛獣に見えることだろう。頬の袋に、ヒマワリの種のように入れられて、喰われてしまうことだろう。



厚い緑のカーテンの僅かな隙間から、窓の外が覗いて見える。那梨が閉め忘れたのだろう。サッシは開いたことがない。締め切りだった。そこからは出られない。霧の中に電線が、黒い傷のように浮かんでいる。無数のカラスがとまっていた。中をのぞき込んでいる。白家太郎など、一のみにできる大きさがあった。獲物として狙っているのだろうか?不気味だった。運動の輪の中で走っていた六木先生の姿も、いつのまにか見えなくなっていた。



六木先生は、体力が回復すると、すぐに那梨のベッドに呼ばれていた。彼女は、あれほど熱中していた「野球ゲーム」の観戦を、プレハブを封印した時から、ぱったりとやめていた。おもちゃに飽きた子どものような変化だった。ゲームのステージを終了していたせいもある。人数も2チームを作れるだけいなくなっていた。その代わりに、エッチな行為に集中するようになっていた。最終の「膣と子宮の国」というステージは、名前からして何だか楽しそうだった。副題は「卵子王女と精子王子の戦い」だそうだ。今夜の犠牲が、六木だった。彼には、自分が夜間に教え子の生徒の相手をしている間が、もっとも警戒が緩む時間だという計算があった。男子生徒達に罪はない。巻き込まれただけだ。逃がしてやりたかった。教師としての意識に支配されていた。それなりに使命感に満ちて挑戦に応じていた。



だが、翌日の六木は、真っ赤な顔をしてうなっていた。姥山の強酸性の愛液に、全身を焼かれたようになっていた。皮膚を腫らしていた。アレルギー反応だろうか?体調の回復が、万全でなかったせいもあるだろう。うんうんとうなっていた。大量に体液を飲まされた。消化器も、灼かれているだろう。食欲がなかった。一度は元気になった。立ち上がって動き回っていた。運動もしていた。情けなかった。今は、起きられそうになかった。夜のために体力を蓄えようとしていた。膣内は、弱酸性のはずだ。硫酸や塩酸は、分泌されていない。ゲームの設定に怒りを覚えていた。



赤梨たちは、真っ赤な顔をしてうなっている六木を、医師に見てもらいたかった。白家は、あの「トラウマ動物病院」の先生がここにいてくれればと思っていた。この世界には、頼れる医者は獣医もいなかった。ふと根本雪菜は、どこにいるのだろうかと思った。彼女の可愛い顔を思い出していた。一度しか会ったことのない涼しげな美少女の顔が、なぜか脳裏をよぎった。がんばって。そんな声を耳にしたような気がした。



ゲームの贋物の世界に拉致されてから、どれぐらいの年月が経過したのだろうか?野球部のモルタルの壁に、ナイフで傷を付ける習慣もなくなっていた。部室には、入ることもできない。諦めもある。月日も分からなくなっていた。いまさら人間の暦に、なんの意味があるのだろう。発熱し、荒い呼吸をしている六木先生の枕元に付き添っていた。額に乗せた、水に湿したティッシュを交換してやっていた。赤梨の横顔にも、疲労の影が青く鋭く刻まれていた。幽霊のように白家には見えた。途中で交替していた。



匂い高いぐちゃぐちゃの塊は、那梨が自分の口で噛み潰した「食料」だった。ところどころにパンや、血の滴るような生肉を大量に使用したハンバーグや、チーズや、緑色のレタスや、赤いトマトが、かろうじて、原型を留めているところがあった。ほとんどのところは跡形もなく潰されていた。明らかにファストフードのなれの果てだった。那梨のねっとりしたよだれが、大きな泡の玉をいくつも作っていた。それが、ぱちんと割れると少女の口の中の臭いも、空中に飛び散った。実に不名誉な食べ物だった。男性の自尊心をなし崩しに摩滅させるために、用意周到に計算されて作り出された悪の食べ物だった。



最後まで食べることを拒んだのは、六木先生だった。彼は、死んだ方がましだとまで言っていた。押入の病室に引きこもっていた時期には部室のキッチンで湧かした、白湯しか口にしなかった。みるからにやつれていた。食べていなかったので筋肉が落ちていた。肋骨が浮き上がっていた。それでも、姥山那梨の夜毎の彼への要求は苛烈を極めていった。毎晩のように呼び出されていた。寝床から巨大な手に拉致されていった。赤梨のやめてくれという懇願の悲鳴にも、効果がなかった。だいじょうぶ。この人は、殺しても死なない人だから。鼻で笑っていた。



彼女としては、遊び半分のゲームに過ぎなかったのだろう。先生を文字通りに「大人のおもちゃ」にしていた。しかし、少女の欲望に涎を滴らす巨大な膣に挿入される者にとっては、遊びではなかった。生死のかかった大勝負だった。大変な重労働でもあった。



全身の筋肉に力を入れて、全力で抵抗していないと、膣の筋肉の圧迫で、押しつぶされてしまう。複雑骨折と内臓破裂で死んでしまう。内部に貯蔵されている空気も少ない。六木は、襞の隙間に溜まっている空気の泡を食べて、体力を回復していた。大量の愛液の海に溺れる心配もあった。洪水の時を、泳ぎ続けなければならなかった。快感の果てに収縮する膣の筋肉の洞窟の痙攣は、驚天動地の世界だった。鋼鉄のように硬化した周囲の襞が襲いかかってくる。全身の骨格を粉砕できるぐらいの力があった。六木は、かろうじて生き延びていた。地獄のゲームから生還した彼の全身には、赤と青の痣ができていた。首の回りには、くっきりとした赤い輪ができていた。拷問を受けているのと同じことだった。


7/膣と子宮の国

ゲームのプレイヤー様へ。

「膣と子宮の国」のステージでは、以下の条件をすべてクリアーしなければなりません。
1. 膣の洞窟に深く奥まで潜り込む。
2. 子宮孔と子宮頸管を越える。
3. 子宮の内部に入る。
4. 羊水の海に潜水。
5. 神聖胎盤宮殿の奥底に鎮座する卵子に精子をかける。
6. 卵子の障壁を破り受精させる。

これらが完璧にクリアーできれば、あなたの勝利となります。これが最後のステージです。ゲームの終了は、もう間近です。がんばってくださいね。なお勝利者には、ボーナス・ステージとして身体のパラメーターを、性別まで含めて、自由に設定することができるようになります。どうぞ、お楽しみください。



しかし、「1.」の条件さえ、まだ一度も成功していなかった。『地球贋物記』は、制作者本人にさえも、過酷な要求をしてくるのだった。この世界にいる以上は、そのゲームのルールに従うしかなかった。例外はなかった。



姥山那梨の食物を食べて、失われた体力を回復させるしか、六木には他に選択肢がなかった。赤梨達の不安を緩和する意義もあった。ゲームに勝つためにも、体力をつけておかなければならない。少女の体内環境は、彼でさえ過酷な試練だった。急速に体力を消耗させるのだった。その上、この小さな身体の胃袋は平常の状態であっても、食べ物の栄養をあまり長い時間は、体力として蓄えておけない。小動物が、食事の回数が多いのと同じ理屈だ。六木は、定時の食事から数時間もすると、また激しい空腹を覚えていた。ついに中学生の男子達と共に「食事」を、むさぼり食うようになっていた。生徒達を安堵させていた。



今は、「膣と子宮の国」のステージの勝利と、その後に訪れるだろう脱出の機会のために、体力を付けておくことが何よりも大切だった。背に腹は替えられなかった。ようやく起きあがれるようになった六木は、赤梨仁哉達を集めて、ハムスターの檻の中央で演説をした。野球部の試合の前のミーティングと同じだった。やらなければならないのは、何よりも生き延びることだった。六木は衰弱した肉体で雄々しく立ち上がっていた。彼の姿が、絶望していた子ども達に勇気を奮いたたせていた。何よりもぎらぎらと光る眼光が、彼等の心を捉えていた。彼は、赤い肉を大量に口につっこんでいた。吐きそうになりながらも、呑み込んで見せた。「ジェット機だって、一晩もあれば直せる」。それが、彼の口癖だった。全員が、六木とともに、残飯を口に運んでいた。



那梨が遙かな高見で、口の中で入念に噛み潰した生肉を主原料とする食べ物を、手のひらに、ぺっと吐き出すのを見ているときには、誰にしても、ほんの一口分に過ぎないように見える。しかし、今の六木たちには、それだけでも小山のような分量があった。数日間は彼等全員が、それだけで生きていける分量があった。それぐらい小さくされているのだ。ハムスター一匹でも、今の彼等には、象一頭分ぐらいにあたることだろう。



ティッシュは、トイレ用だった。その目的で、六木も遠慮なく使わせてもらっていた。食べるのだから、出す回数も増えていた。六木は大量の冷たい水で、うがいをして顔を洗った。服を脱いで浸して身体を拭いた。さっぱりとした。昨夜の那梨の愛液が、胃の腑に重く溜まっている。何とか、眠りにつくことができた。彼でさえ重い疲労が、肉体に蓄積されていた。毎晩、那梨のペットにされているのだ。少女の尽きぬ欲望に奉仕させられていた。人間の身体でいる以上は、少しでも眠って、体力を回復しておく必要があった。そうしなければ「膣と子宮の国」のゲームの試練に勝てないだろう。「1.」の条件は、何度も挑戦することで、何とか突破できる目途が、立ってきていた。膣に待ち受ける数々の罠を克服していった。姥山那梨は、彼の求める古代の大いなる種族の遺伝子を伝える、貴重な女だった。最後まで行く必要があるのだった。


 
六木は、那梨のお椀型にしたてのひらのくぼみの中に、すっぽりと入っていた。可愛くして仕方がないという目つきで、美少女に見下ろされていた。上空の瞳は、性的な欲望で濡れていた。満月のようにきらきらと光っていた。彼の姿が小さく映っていた。落ち着かなかった。全裸で性器を見せるようにと求めらていた。大きな黒い瞳が、欲望に濡れてぬらぬらと光っていた。てのひらも、じっとりと汗ばんでいた。生命線や感情線の溝に、少女の汗が溜まっていた。



「手で扱いて大きくしなさい!」

教え子の十五歳の少女の冷たい声に命令されていた。従順に従っていた。だが、なかなか勃起しなかった。巨人族の娘になってからの那梨の顔は、ひどく不細工に見えた。下から見上げているので、顎の骨が強調されるせいもあるだろう。下半分が強調されている。膨らんでいるように見えた。パースペクティブが、普段、見慣れている物とは違っているのだ。すべてが、バランスが崩れているように見えた。霜と氷の巨人の原始の荒々しい容貌に似てきていた。



少女の赤黒い口の洞窟は、六木でさえも一のみにできるだろう。今のところ、そんな事態が起きるはずがないとわかっている。だが、その途方もない大きさから、つい昔の人食いの巨人族の記憶を思い出してしまうのだった。神々が来るまで、彼等こそが地球の支配者だった。



赤い蛭の怪物のような舌が、口腔の洞窟の内部で、びちゃびちゃと湿った音を立てていた。動き回っている。喰われるのではないかという恐怖に、さらに拍車をかける働きをしていた。そんなことになったら、ここまでのすべての努力が水の泡だ。上の口に用はない。那梨が、奴に操られていないと、どうしたら、確認することができるだろうか?この部屋は、明らかに監視されていた。白家太郎からも危険な香りがした。どこかで奴らと接触しているのだろう。油断は大敵だった。つねに、彼を貶めようとする罠が、この世界には存在しているのだから。



六木は、自分の視野が狭くなっていることを感じる。巨人族の少女を見上げている。何と大きいのだろうか?彼女の全体を見ることは、ほとんどできなかった。これほどの至近距離にいると、那梨のごく一部分しか見えない。懐かしい光景だった。今は、那梨の大きな裸の胸の上に乗せられている。普段でも巨乳の部類だった。野球部のマネージャーとして、薄手の体操服一枚で、部室の裏手にある物干しに、みんなの汚れ物を干していた。濡れた体操服が、胸元に張り付いていた。生地が透けていた。ノーブラだった。桜色の乳首と大きく盛り上がった乳房の形が、透けてみえていた。それをのぞき見ていたことを思い出していた。六木であった男の脳に刻印されている記憶が蘇っていた。ようやくに、彼の男性の器官に血流が満ちてきていた。神々の力が蘇ってくる。巨大化していく。

「やれば、できるじゃない」

那梨に誉められていた。嬉しくないこともなかった。



乳房は、今は白い肉の山だ。心臓の規則正しい鼓動を肌に感じている。那梨はシャワーを浴びてきたばかりだった。湯のしずくが流れている。身体に巻きつけていた黒いバスタオルを、床に脱ぎ捨てていた。全裸だった。体操服の下に隠されていた時には、夢にまで見た場所だった。それなのに、正直なところ、あまり魅惑的な地帯ではなかった。ただの肉色の小山だ。白く柔らかいはずの肌も、六木には、鋼鉄のように固く感じられた。目的地は、あくまでの下腹部に隠された洞窟だった。「膣と子宮の国」だ。



嵐の大船の乗ったように、上下左右に不規則に揺れていた。乳肉は、体温であたたまっていた。熱かった。最初の内こそ、無我夢中でしがみついていた。女体のフェロモンに当てられていた。固い乳首の周囲よりも色の濃い皮膚に、ペニスを擦り付けて摩擦していた。大量に射精していた。精液を那梨の素肌にぶちまけていた。しかし、その熱狂の時が過ぎてしまうと、徒労感が強く残った。すべてが大きすぎたのだ。無数の毛穴から滲み出る汗の玉の粒が見えた。精液は汗に流れてしまっていた。どこに出したともわからなくなっていた。



その夜の那梨は、すっかり寝支度を整えていた。白地に黒い鳥柄のパジャマ。その下には、那梨は大人っぽいセクシーなブラレットを身につけていた。ブラとショーツを四本のシルバーのチェーンでつないでいる。どこで手に入れたのだろう?高価な物だった。シルクだろう。無人の町の店舗から盗んできたのか?今の彼女には、できないことは何もないような気がした。正面から見ていると、草の葉をあしらった刺繍が可愛らしいデザインだった。しかし、パジャマを脱いで背中を向けると、ブラックのラインだけの大胆なバックのスタイルになるのだった。Gストリングがヒップの割れ目に食い込んでいる。裸の尻を向けていた。豪奢な少女という肉体の贈り物になる。男を興奮させるための下着だった。

「六木先生。それじゃ、いつもの「膣と子宮の国」のステージを始めましょ!」

声に欲望をにじませていた。くびれた腰に、片手をあてがって振り向いていた。乳房の大きさが強調されていた。雑誌のグラビアモデルのようなポーズを取っていた。酔っているのだ。飲酒をしている。酒臭い息を吐いていた。アルコールと、胃液と食べた物が消化される臭いを、口から傍若無人に発散していた。外出して帰宅したばかりだった。壁に男物らしい黒い大きなコートが、壁にかかっていた。烏の濡れ羽根色だった。



「膣と子宮の国」のゲームの最終ステージは、かなり難易度が高かった。胎内の迷宮で、行方不明となった勇士は、太古から何人もいた。道を間違うと、ミノタウロスや龍が住んでいる。ここから戻ってきた者が、英雄と呼ばれた。根本雪菜でも、生きて戻って来れないかもしれない。それでも、行くしかなかった。片目の男の姿は、すでに内部に消えていた。どこからか、勇壮なラッパの斉唱が聞こえた。腰の氷の剣を引き抜いていた。氷の玉がきらきらと散った。飛び込んでいった。



部屋の明かりが消されていた。衣擦れの音が、激しい遠雷のように連続していた。やがてあの咆哮が始まっていた。ベッドの上で、捕鯨船の甲板に上がった黒い鯨が、暴れているようなものだった。那梨の嬌声は、その夜遅くまで、淫らに部屋に轟いていた。ハムスターの檻の中の赤梨達は、先生の身体を心配するあまり、長く眠れない夜を過ごしていた。生還を祈っていた。



朝が来ても、六木先生は、ついに帰ってこなかった。赤梨は仲間を代表して、自分が「膣と子宮の国」のステージに挑戦することにした。ここをクリアーすれば、仲間を自由にすると、姥山那梨が約束してくれたからだ。命を懸ける意味はあった。入り口から迷宮に足を踏み入れていた。


8/霜と氷と雪女

姥山那梨は、迷宮をさまよっていた。何かの思いは遂げたような気がするが、それが何なのか思い出せなかった。ひどく大事なことだったような気がするのに。立ちこめる深い霧が、すべてを曖昧にしてしまうのだった。彼女は、中学校の第2グラウンドに入っていた。ここも、灰色の霧が渦巻くだけで、人の気配はなかった。どこか遠くて烏が鳴いている。不気味だった。無人の校庭の中に、野球部のプレハブの部室が、ぽつんと立っていた。屋根に、黒いカラスが一羽とまっていた。片方の目で、彼女をにらみつけていた。あほー。あほー。からかうように鳴いていた。鳥が暗い霧に包まれて溶けていた。残った部室は、野中の一軒家のようにさびしかった。扉が薄く開いている。中を見てはいけない。誰かの声がした。でも、行かなければならない。彼女は、一歩を踏みだしていた。



扉は、嫌な軋むような音を立てて開いた。その音に驚いたのだろうか?カラスさえも、羽音を立てて飛び去ってしまった。ここには、誰もいない。そして、彼女は見たのだ。自分と赤梨仁哉がキスをしていた。

「ねえ、赤梨君」

もう一人の自分は、鼻声を出してねだっていた。体操服の豊満な胸を彼の野球部のユニフォームに押し当てていた。素足を彼の股間に入れていた。ブルマの太ももに固い物を感じた。子猫のように身をくねらせていた。媚態を示していた。その嫌らしさは、耐え難かった。彼が離れていった。

「だあめ。そこまで!」

微笑していた。

「どうして?」

彼女は、不満そうに唇をつきだしていた。

「僕たち受験生だろ。合格するまで待っても遅くないよ」

赤梨仁哉の甘い瞳が、宙をさまよっていた。待てないのだ。自分は、長身の彼の目を見上げていた。どうして分かってくれないのだろう。ブルマの腰が疼いていた。さびしかった。身体が変化している。彼女は、もう少女ではないのだ。甘いキスは、心をとかしてくれるが、熱い腰をさましてはくれない。彼女は、もう一人の自分が、熟れすぎた桃のような大きなヒップを、淫らに男の前でくねらせるのを眺めていた。さかりのついた雌猫のような痴態だった。猛烈に、いやらしい行動だった。意識していた。

「知ってるのよ。赤梨君だって、夜は、あたしのことを思って、やってるんでしょ。ごまかさないでよ。知ってるんだから!」

彼に殴られていた。初体験だった。頬よりも心が痛かった。それでも、しゃにむに彼にしがみついていった。はなすもんか!その一心だった。太ももの皮膚は、彼の器官の変化を明瞭に感じ取っていた。ズボンの前がテントを張っている。身体は心よりも正直だ。那梨の蜜の壺に入れたくて堪らないのだろう。愛してあげるのに。なぜ拒まれるのだろう?彼の物ほどではないが、あたしのだって大きく膨らんでいるのだ。男も女も求めるゴールは、同じ場所である。それなのに????



分からなかった。彼の成績ならば、志望校への高校進学ぐらい簡単だろう。野球部を主将として地区大会で優勝させたという実績だけでも、推薦入試で合格を手に入れることができる。ただの口実に過ぎない。自分を偽っているのだ。そんなにつまらない男だったのか?他に彼女でもいるのだろうか?答えもなく、彼はいなくなっていた。変わりにジャージ姿の六木先生がいた。



六木先生は、姥山那梨の求めているものを理解してくれた。さすがに、大人だった。熱烈にキスされていた。舌を挿入されていた。キスだけでは、下半身の飢えはおさまってはくれない。男を食べる必要があった。空虚を満たさなければならなかった。それが、彼女の肉体だった。

「これが、欲しいんだろ。あげるよ」

先生はジャージのズボンの中から、彼女が欲しかった物をとりだしてくれた。先生との初体験は、野球部のプレハブの部室。夜の和室。若い雄達の猛獣のような汗くさい体臭が残る部屋だった。



先生は、くわえさせてくれた。なめらせてくれた。しゃぶらせてくれた。呑ませてくれた。それから、コンドームを二人でかぶせた。入れてくれた。いかせてくれた。泣かせてくれた。



でも、ああ。そうか。そうだったのだ。部室の机の上に、黒い枠に囲まれた先生の写真があった。



なぜ忘れていたのだろう?六木先生は、交通事故で亡くなったのだ。自殺だった。彼女は、そう信じたのだった。



姥山那梨は、別に赤梨と六木の策謀によって部活を追われたのではなかった。六木先生が、二人の禁断の関係が、聡明な赤梨仁哉に露見するのを恐れて、彼女を野球部から遠ざけたのだ。互いに肉欲を隠し通すことができなかったからだ。少女の何気ない視線が、先生の男を求めてしまっていた。ジャージの下半身の膨らみに、目が吸い寄せられていた。それに気が付いた赤梨が、視線をそらせたのだった。端正な顔が、苦しそうに歪んでいた。



それでも、教師と生徒の関係は続いた。



同級生の六木は、少年のような頬の線を残していた。童顔だった。いつもの体操服のジーンズの上下の服装だった。姥山那梨の部屋の中央に、仁王立ちになっていた。彼女は、彼の足もとに跪いていた。学生ズボンの前のKYKのチャックを下げる。赤いウルトラビキニのパンツから、すでにぎんぎんに勃起したあれを、痛くないようにして取り出していた。



もうこのころには、彼のあれは、那梨を待ちかねて、大きくて固い幹を生長させている。びんびんと立っている。赤黒い先端部には、ビロードのような少しざらついた感触がある。同じ味がした。思い出した。野球部の部室で、あたしは、これと同じようにしていたのだ。これを何度も銜えさせられていたのだ。拒むと赤梨仁哉に話すと言われた。マネージャーの椅子を辞めさせると脅かされていたのだ。



普段から、下着の中で擦られてきたからだろう。こいつだけは、ずっと六木の股間にあって、一緒に戦ってきたのだ。半分、皮に包まれていただろう部分は、先端部と比較すると、もっとずっと滑らかだ。そして、もっとも先生の中年男の汗が、濃密に溜まっている場所だった。彼は、小便の後も、良く滴を切らないで中に納めるような不作法な男だった。初めは、アンモニアの臭いに抵抗感があった。けれども、慣れると、それも平気になっていった。世界の珍味であるキャビアやフォアグラと同じだ。癖になっていた。姥山那梨は、顔を前後に激しく動かしていた。そうだ、この味だ。この匂いだ。あたしは、野球部の部室で先生と二人で。



二人は「膣と子宮の国」の最奥の神殿にいた。玉座には、月のように巨大な那梨の神聖な卵子が鎮座していた。細胞核は精子の王子の到来を舞って、内部で回転していた。六木は、傍らに直立していた。今までに、ここまでたどり着いた男は、一人もいなかった。さすがにただ者ではなかった。真の勇者だった。



でも。

姥山那梨は、六木少年の巨根に歯を当てて銜えたままで、質問していた。答えに満足できなければ、男の急所をかみ切ってやるつもりだった。ハムスターの檻の中の野球部の男子生徒たちにも、立会人になってもらいたかった。彼等にも、贋物の正体を知る権利があるだろう。

「あなたは、だれ?」

しなびた肉をぺっと吐き出していた。



本物の六木先生は、不慮の交通事故で帰らぬ人となっていた。先生の子どもを妊娠していると、告白したからだろうか。嘘だった。生理も、嫌になるほどに月の満ち欠けと連動して、規則的に訪れていた。女という宿命から逃れられないということを、自分の肉体に明示されていた。心は、そんなものいらないと叫んでいる。不公平だ。男性には、月の物は訪れてこないのだから。



そんな不愉快極まる、ある一日のことだった。頭痛と腹痛に耐えている自分を、野球部の部室に呼びだした。キスを求められていた。その日に限って、彼の口のタバコのニコチン臭いが耐え難かった。単に先生との不純な関係を、終わらせたいために嘘をついた。先生は帰宅のために、学校の裏門を自家用車で出た。最初の交差点に信号無視で侵入してきた乗用車と衝突した。即死だった。本当にただの事故だったのだろうか?自殺だったのかもしれない。姥山那梨は、今に至っても、男の精も根も吸い尽くして骨抜きにする、己の女としての欲望の強大さに気が付いていなかった。彼女の不幸は、自分と釣り合う男性と出会えなかったということだった。



姥山には、不眠の日々が続いた。登校拒否になって、自分の部屋に引きこもっていた。それほどに、ショックだったのだろうか?先生は、それほどに、あたしのことを、愛してくれていたのだろうか?単に、身体だけを求められていると考えていた。愛していると言ってくれていた。本心ではないと思っていた。言葉は、何も保証してくれない。嘘など誰でも言える。彼女自身が証明した通りだ。分からない。すべては霧の中だ。死人は、何も語ってくれない。母も友人達も、本当のことを言ってくれない。



姥山那梨は、多次元の仮想の宇宙を彷徨っていた。理想の六木を探し求めていた。よりどりみどりだった。貴重な花の蜜を収穫する蝶になった気分だ。口の中に入れる。上顎の下側の洗濯板のような、でこぼこのある部分で、上を刺激する。先端部のおしっこと精液の出る裂け目に、舌先を入れようと試みる。それから、舌の裏側で、ねっとりと亀の頭の周囲を回転させて舐めてやる。大人の男を気取った六木の呼吸が、炎天下の犬のように荒くなるのが嬉しい。贋物でも良い。生きていてくれさえすれば。



彼女は、自分が世話女房タイプなのだということを知っている。こんな女だとは思わなかった。もっと自分勝手なヤツだと思っていた。しかし、そうでもなかったのだ。那梨が、いちばん嬉しいのは、男に世話を焼いてやっている時である。とことん尽くすタイプだった。何度も、六木先生と密会を重ねる内に、自然に情が移っていた。赤梨仁哉を目的に野球部のマネージャーの役目を引き受けたのは事実だった。キスまでいった。しかし、いつまで待っても、二人の関係は、それ以上に進展しなかった。焦れったかった。優柔不断を詰っていた。弱虫と罵っていた。



東京は、もうほとんど地球温暖化によって海中に沈んでいた。食べていくだけでも、容易ではない世界だった。神々であっても、明日、生きて逢えるか分からなかった。それだけに、彼に逢えるだけでも、特別な嬉しさがあった。一期一会の充実の時なのだ。老人は杖をついていた。砂浜をよたよたと歩いてきた。

「極東の島で、霜と氷の巨人族の血をひく、雪の娘よ。思い出さないか?」

甘く重い声だった。片目で片足の浮浪者は、ワンカップ小結を片手にして静かに語り始めた。それは、巨人と神々の戦いの長い長い壮大な物語だった。霜と氷の国の巨人と神々は、もういつからとも思い出せない太古の昔から、勝敗の付かない戦いを戦っていた。根本雪菜は、ふんふんと適当に相槌を打ってやっていた。おじいちゃんの愚痴だった。あまりにも昔の戦争の話で、ぴんとこなかった。しかし、何度も同じような話を繰り返されている内に、わかってきたこともある。



世界が存在する限り、この宿命の戦いから、彼が逃れることができるやすらぎの場所はないのだ。神といえど、惑星地球が、その自然の安永を守るために生み出した、あるセキュリティ・プログラムに過ぎない。同一の行動のパターンを繰り返しているだけだ。それは、作り出された時から、この惑星という場所に拘束されている。人間のように宇宙に出ていく自由はない。



神々は人間に嫉妬しているのだ。そのせいなのだろうか?ちょいちょい人間の運命に介入してくる。悪さをしかけてくる。ほっといてもらいたいのに、そうはいかないようだ。特に、知恵を得るために、自分の片目を差し出した男神は、自らの宿命から逸脱するために、苦闘しているのだ。首吊りさえしたことがある。同情すべきところがあった。好きなように雷を降らせることができたとしても、度重なれば、人間がダーツの矢を投げるゲームと、所詮は同じことだった。老人が、退屈と倦怠を感じているのが彼女にも分かった。



赤梨の霊感は、姥山那梨の、ある距離以上に接近してはならない危険な資質を感じ取っていた。鼻の奥がつーんとしていた。瞳が潤んでいた。姥山は、人間の世界に迷い込んでいる異質な者だった。初めから明瞭に認識していたわけではない。しかし、根本雪菜の温かい子宮の羊水の海に浮かびながら、彼はそれだけを考えていた。もしやり直せるのであれば、姥山の気持ちを受け入れようと。



「忍ぶ」という字は、「心」の上に、抜き身の「刃」をぶらさげていると言ったのは、誰だっただろうか?赤梨仁哉は、あまりにも優しかった。しかし、忍耐の日々は、姥山那梨の心身を傷つけていた。性的な欲望が強いと言うだけで、どうしてこれほどまでに、懊悩しなければならないのだろう。理不尽だった。彼女は、生まれつき、そういう体質だというだけのことだ。足の速い者や、野球に才能を発揮する男子と何ら変わるところはないはずだ。男子野球部員に人望のある彼が、同性愛者ではないかと疑ったこともあるぐらいだ。彼と比較して、六木先生の対応は単純でもあり、明快でもあった。率直に彼女の肉体を求めてきた。女性の喜びが開花していく過程と連動するように、愛情も深くなっていった。これほどの快感を得ることができる器官を寝かせておく必要は何もない。赤梨によって、心に刻まれた傷を忘れそうになっていた。



この六木は、外見がオリジナルとほとんど同じだった。口内射精を許して飲んでみた。味わってみた。精液のかすかにほろ苦い命の味までも同じだった。だいたいもう、本物などいない。永遠に手の届かない世界に、六木先生は、故意か偶然か自分勝手に旅立っていた。



主将の赤梨仁哉が、交通事故の第一報を知らせてくれた。病院に駆けつけたときには、すでに息がなかった。泣いたと思うが、その日々も思い出せない。絶叫が聞こえた。歯ぎしりをした。思わず肉茎に歯を突き立てていた。血の味が口腔に溢れた。縮小していた。血も肉も骨もがりがりと噛み潰していた。苦かった。六木先生の姿をした贋物は、絶対に逃がさない。自分の物にしてやるのだ。『地球贋物記』は、このステージでの彼女の勝利を告げていた。どうやら、いつのまにかラスボスに勝ったらしい。黄金の贋物の金貨が頭上から、雨霰と降り注いだ。贋物の雨だ。すべてが虚しかった。



あの日、姥山那梨が「子どもができたみたいなの」と六木先生に打ち明けたのは、真実ではなかった。生理もきちんと来ていた。ただ、彼の本当の気持ちを確かめたかっただけだ。那梨のことを本当に愛しているのか?それとも、ただ単に、性欲を処理するための穴に過ぎないのか?不安になっていたからだ。先生は、即答を避けた。産んでくれとも、堕ろせとも言わなかった。しばらく考えさせてくれ。それが、彼の答えだった。そして、学校の裏門を出たばかりの交差点が、死に場所として選ばれた。帰らぬ人になったのだ。うろたえていてハンドル操作を誤ったのだろうか?接近してくる対向車に気が付かないほどに、悩んでいたのだろうか?何も分からない。



だが、贋物の六木を相手にしていて、本物の彼の価値に始めて気が付いた。始めてキスを求めて来た時の強引さ。体操服の胸を、ブラごと無骨な手に揉まれた時の恐怖。太いあれを挿入された日の、あそこが裂けそうな痛み。自己本位の腰の動き。すべてが、那梨が求める物とは、少しずつ違っていた。行くときのタイミングも、いつも少しだけずれた。それでも、あれが六木という男だったのだ。贋物でも夢でも幻でもない。本物の現実の荒々しい手応えだった。授業初めで出席を取る時。彼の瞳は、いつも休んでいる生徒の席を心配そうに見つめていた。野球部の顧問の仕事では、生徒の練習の休日返上で熱中していた。試合では、自信に満ちた采配をしていた。勝利は生徒の努力の成果で、敗北は自分の努力の不足のせいにした。赤梨達の信頼が厚かった。あれが、六木だったのだ。



自分が失った物の大きさを実感していた。十五歳の小娘の言葉のいちいちに心乱れる男だった。弱さと強さ。優しさと厳しさが同居していた。そうか。とても単純なことだ。悩む必要も何もなかった。あたしは、彼が好きだったのだ。どうして、もっと早く認めなかったのだろう。疑ったのは自分の方だった。弱かったのは、あたしだ。彼ではない。あたしが、弱かったのだ、信じなかったのだ。本物の彼は、もう戻らない。本物は、世界に一人しかいない。胸が迫った。那梨は、自分が泣いていることにも気が付かずに、泣きじゃくっていた。



六木はかけがえのない人だった。それなのにゲームの世界では、贋物があそこにも、ここにもいた。心を弄ばれていた。愚弄されていた。ゲームは、どこからやってきたのだろう?だれが、作ったのだろう?何も分からない。すべては霧の中だ。でも、「地球贋物記」を作った者だけは、絶対に許せない。狩りだしてやる!!それにしても、ゲームの世界で、あの霧の日から野球部の顧問の先生になりすまして、那梨を待っていたのは、いったい誰だったのか?いったい、いつから、ゲームの求める世界に、彼女は拉致されていたのだろう?自分の自由意志ではなかったのだ。罠だったのか!?彼女の彼への気持ちをゲームという形で弄んだのだ。許せることではなかった。



姥山那梨は、暴走していた。『地球贋物記』は、サービス・ステージに入っていた。パラメーターで、性別を女であることも止めていた。受け身であることに、飽き足らなくなっていた。乳房のある八尺の背丈の大女に変身していた。近所の公園で、痴漢のまねごとをしていた。烏たちの警告の声にも耳を貸さなかった。股間に生やした巨根で、男も女も見境なく犯していった。少し手荒に扱ってやると、大の男が、彼女のペニスをしゃぶった。男に挿入したままで、巨大化していった。人間の脆い肉体は、彼女のペニスの膨張にさえ耐えきれなかった。美青年の口から、彼女の巨根の先端が吐き出されていた。内臓を貫通していた。男の胴体が、哀れにも内部から破裂していた。射精の快感に我を忘れていた。



赤梨仁哉は、歓喜していた。元の姿に戻っていたからだ。姥山の部屋の中だった。広大だった部屋が、普通の女の子の部屋のスケールに戻っていた。家具調度の大きさも、見慣れたサイズになっていた。これでみんなを自由の身にできる。姥山の木製の机の上には、PCが置いてあった。何かのゲームの画面が表示されていた。



視線を感じて振り向いていた。ハムスターの檻が、天井から針金でつり下げられている。その中に、小さな人間が入っていた。数十人はいるだろう。彼の薬指ぐらいの大きさしかない。5〜6センチメートルというところだ。こんなに小さくされていたのだ。みんなを助けてやれるぞ。そう思った。白家太郎の姿を見分けることができた。1センチメートルほどしかない両腕を、精一杯に大きく振り回していた。全裸だった。肌色で毛髪と股間だけが黒かった。その時になって、自分も何も身につけていないことに気が付いた。首のない鎧武者が彼の前に立っていた。



いきなり部屋のドアが開いた。黒いコートの巨人が立っていた。ドアの枠の上に顔がある。顔は、壁で隠れていた。見えなかった。敵か?赤梨は身構えていた。ケンカならば負けない自信がある。太い首を曲げて、大股に部屋に入ってきた。凶悪な空気が満ちた。血臭がした。部屋の隅で、影のような石仏達が、ざわめいていた。黒く長い髪をばさりと振った。長く洗っていないのだろう。ひどい臭いだった。汗と垢がこびりついていた。獅子の鬣のように四方八方に拡がっていた。しかし、その顔は、あの姥山那梨のものだった。汚れてはいたが、まだ充分に美しかった。巨大さが美を損ねていない。むしろ強調していた。赤梨は、実際は彼女のことを愛していたことを、苦い気持ちで思い起こしていた。父親の影響で絵が好きだった彼は、スケッチ・ブックに何枚もの彼女の姿を描いていた。記憶によって再現していた。体操服の胸を張って、健康な美少女が笑いかけていた。ヒップや足だけのクロッキーもあった。少年の性の欲望が素直に表現されていた。



今の那梨は、身長が2メートル40センチはあるだろうか?天井から垂れている蛍光灯を髪で擦りそうになっていた。黒い梁を髪が、撫でそうだった。身長1メートル80センチの赤梨の視線が、前をはだけた黒いコートの、腹辺りにあった。内部には何も着ていなかった。高く突き出た固い果実のような乳房の下側を見上げていた。ぬらぬらと光っていた。腹筋が割れている。筋肉がついているのが分かった。彼はニューヨークで、護身用としてマーシャル・アーツの教習を受けたことがあった。強敵だった。



「赤梨君。来てくれたのね?」

野太いが、明らかに那梨の声だった。長くて大きな手が伸びてきた。両肩を捕まれていた。万力のような力だった。腕の骨が折れそうだった。上腕二頭筋が軋んだ。何の技も使っていないのに、その秘めた怪力には、こちらの戦意を喪失させるものがあった。とても、勝てないと思わされてしまうのだった。軽く乗せられているだけなのに、腕の重さを鉄アレイのように感じていた。膝と腰に力を入れて、何とかよろけるような無様な真似だけは避けられた。



「あいたかった」

まるで、数年ぶりに再会したような口調だった。姥山の声には、喜びが滲んでいた。大きな黒い瞳からは、涙が溢れそうになっていた。

「待っていた。待っていたのよ」

それから、腰を屈めてきた。顔が降下してきた。キスを求められているのが分かった。



赤梨は首を傾けて逃げようとしたが、力負けしていた。片手を軽く顔の脇に添えられただけで、簡単に曲げられていた。首の筋がぐきりと痛んだ。大きな唇に口元を呑み込まれていた。吸われていた。上下の唇を大きな舌で舐められていた。口腔に舌を挿入されるのだけは、前歯を噛んで避けていた。食いしばっていた。姥山は赤梨の顔を、まるで美味くて堪らないお菓子だとでもいうように嘗め回していた。彼女のねっとりとした唾液にまみれた。しばらくは、されるままになっていた。彼女の気持ちを宥めておく必要があった。



はあ、はあ、はあ。息が荒い。自分だけでは、巨体の体重を支えていられないというように、彼にもたれかかってきていた。重量に膝が折れそうになっていた。渾身の力で、那梨の体重を支えていた。彼女の唇は、顔から赤梨の首筋に下がってきていた。右手が彼の股間に伸びてきた。腰を引こうとしたができなかった。睾丸とペニスを握られていた。彼女の鼻が豚のように鳴った。何の変化もないことが不満のようだった。指で性器をこねられていた。



「姥山、もう十分だろう?みんなを元の姿に戻してくれないか!?」

出来る限り、優しい声で懇願していた。今ならば、説得できるかもしれないと思った。姥山は、欲望のあまり我を忘れているのだ。

「そうすれば、俺のことは、お前の好きにしていいからさ」

がばり。大女が身を起こしていた。しばらく、大きな黒い瞳を開いて、彼の顔をじっと見下ろしていた。それから、泣き笑いのような顔になっていた。

「だめ!何もかも、もう遅いのよ」

それから、抱きしめられていた。西洋梨のような乳房の谷間に抱きしめられていた。油のような汗にまみれていた。顔の皮膚が吸い付いていた。乳肉に左右から圧迫されていた。

「それに、赤梨君。あたしと取り引きするつもりでいるの?あたしには、そんなことをする必要は、何もないのよ。今ならば、力づくであなたを奪えるもの。嘘だと思ったら、ここから、逃げだしてみなさいよ」

羽交い締めにされていた。両手は自由だった。背中を殴った。背筋は板のように固かった。ボディにパンチを叩き込んだ。ボディブローは、鋼鉄のような腹筋の壁に跳ね返されていた。足で蹴っていた。弁慶の泣き所を攻撃した。これも大木の幹のようだった。巨人は、微動だにしなかった。大人と子どもだった。姥山は、赤梨の力が自分にとって、いかに非力なのかを実感させて、倒錯的な喜びを得ているのだ。いつものやり方だった。彼女の顔が笑っているだろうことは、腹の筋肉の弛緩から容易に予測できた。



その内に窒息感が増してきた。顔は、乳房の深い谷間に埋まっていた。鼻が曲がっている。息ができなかった。口は姥山の皮膚に密着していた。隙間などどこにもなかった。巨人の抱擁の力に肺を動かすこともできない。背骨に激痛があった。



手を巨人の股間に回した。無我夢中だった。弱点ならば、どこでも攻撃する。男の誇りなどもうどうでも良かった。もし、同性で在れば、金蹴りさえしていただろう。彼女の濡れた陰毛は、鋼鉄の線のようだった。鷲掴みにしていた。引きちぎろうとひっぱっていた。抜けなかった。すでに、ぐっしょりと濡れそぼった深い割れ目に指を入れた。数本が入った。まだ行ける。指の付け根まで入った。まだ奥がある。手首まで入れた。ずぼり。呑み込まれていた。指で内部の襞をかき回していた。引っ掻いていた。Fist Fuckをしていた。



意識が遠くなっていく。戦の鬨の声のような轟きを耳にしたような気がする。だが、ようやく乳房の圧迫が弱まる時が来た。両腕の力が、緩んでいくように思えた。肉の拘束から、脱出できるのか?だが、安心したのは一瞬のことだった。姥山が、その2メートル40センチはある、巨体の全重量を、彼の上に載せてきたのだ。優に、二百キログラムを越えているだろう。相撲取りの浴びせ倒しを受けたようなものだった。ぐえ!!軽自動車の下敷きになったようなものか?那梨の身体の下で潰れていた。失神していた。



目を覚ました時には、うつぶせにされていた。背中に重い物が乗っていた。背後から、姥山がのし掛かっているのだった。赤梨の目を覚ましたのは、尻が二つに引き裂かれるような激痛だった。肛門に異物感があった。大便を出したくても出ないような感覚だった。彼女の両腕が胴体に回されていた。また痛みが走った。まさか、そんなことは!?自分が置かれている状況が信じられなかった。これは、あれではないだろうか?姥山は、性の区別さえ越えることができるのか?だが、事物の与える衝撃が、信じられない事態を、圧倒的な力で強制的に認識させていた。みりみり。肛門に固い物質を感じた。



背中には、巨大な乳房が押し当てられていた。それが潰れる圧迫と弾力を感じていた。彼女は、無言だった。しかし、何をしようとしているのかが分かった。正体不明の得たいの知れない感触の物体が入ってくる。ようやく女の気持ちを理解していた。自分の体内に異物を挿入されるという違和感と恐怖だった。女が、自分が付き合う相手を、あれほど慎重に選別するのかが、良くわかった。内臓を傷つけられるかもしれない。よほど、信頼していないとできることではない。そこまで考えて決心していた姥山の真情を、あの時の自分は裏切ったのだ。



「姥山、やめてくれ!!」

哀願していた。同級生の彼女に、後背位で犯されるんだって?まさか、そんなことありえない!!どうして、姥山がペニスを生やしているんだ。これもゲームの力なのか?肩を大きな狼のような歯に噛まれていた。腕が大蛇のようにからみついてくる。

「だあめ!あたし、感じちゃってるから!もう、止められないの!赤梨君にも、分かるでしょ?男なんだから?」

ぎゃあ!!

赤梨は絶叫していた。尖端が彼の力を入れて引き締めた肛門を、簡単に突破していた。直腸の奥深くまで肉棒を挿入されていた。那梨が、腰を動かし始めた。その度に、縦に避けるような激痛があった。睾丸のあたりにまで、熱い物がぬるりと流れた。出血しているのだろう。内臓を突き刺されている。腰を回転させられていた。

「だいじょうぶ。痛いのは、最初だけだから。慣れてくると、みんな気持ちが良くなるのよ。あたし、上手いんだから。経験を積んでるの。大きなお姉さんに任せて頂戴。公園のおじさんたちも、誉めてくれるわ。人気者なの。あたしが行くと、ズボンを下ろして尻を向ける人までいるのよ。超ダサイ!さすがに引くわよね。赤梨君は、みんなよりも、たっぷりと感じさせてあげる。可愛い。愛してる。泣かせてあげるわ!」

姥山らしくない蓮っ葉な口調だった。旧家の育ちらしく、礼儀作法は厳しく躾られていた。茶道の宗家だった。野球部のマネージャーになる前は、茶道部の部長を勤めていた。父は、彼女が幼い頃に他界していた。母は、仕事が忙しくてほとんど家にいられなかった。その分、祖父母の教育が厳格だった。別人だった。腰の動きは容赦がなかった。止まることがなかった。漆黒の鋼鉄の塊。赤梨は、子どもの頃に隙だった蒸気機関車が、爆走してくる情景を夢現に見ていた。その頭部は、亀頭の形になっていた。



そして、そうなった。強大な筋肉の力に、自由自在に弄ばれていた。人形のように様々な体位を試された。陵辱されることに快感を覚えていた。姥山の精力には、限界がないかのようだった。まさに巨人のものだった。貫かれていた。直腸に精液をそそぎ込まれていた。全身がぬるぬるとした大量の精液にまみれていた。口でも何度も呑まされていた。



目の前で前で見るペニスが、グロテスクな形をしているのも始めて知った。先端の縦の割れ目から、透明な涙のような液体が、分泌されていた。そこに口を付けていた。勃起したペニスの固さが愛おしかった。頬ばっていた。頬擦りをしていた。欲しくて堪らなかった。我慢できずに、跪いて入れてくるようにと、那梨に泣いて懇願していた。性の奴隷になっていた。どうしようもなかった。彼女は、こんなにさびしく、飢えた気持ちだったのだ。どうして満たしてやらなかったのだろう。自分には、それができたのに。彼は理解できずに、拒み通していたのだ。後悔の念が深かった。膝の上に抱かれて、繋がった態勢のままで泣いていた。



彼女の手技は、悪魔のように熟達していた。股間に手を回されていた。赤梨君の、これ!小さくて可愛いわ。那梨のそれは、自分の肘から先の手ぐらいの容積があった。比較しても勝負にならない。彼のペニスぐらいの太さのある指だけで、何度もいかされていた。手についた精液を、飴のようにしゃぶられていた。ちょっぴりだけど。おいしいわ。



赤梨仁哉は、痴態のすべてをハムスターの檻から白家太郎達に目撃されていた。姥山が、あえてそうしたのだ。今の赤梨は、彼等には二十倍の巨人である。隠すすべはない。彼等は、自分達の元主将が、昔の同級生の女子生徒に、子どものように陵辱されて快感に喘ぐ様を、どのような気持ちで眺めていたのだろうか?赤梨は、地獄のような快楽の沼に沈んでいった人外の境に墜ちていった。カーテンの隙間にかいま見える窓の外には、彼の流した血のような赤色の荒野が、どこまでも続いていた。


9/大団円

那梨は巨大化していった。彼女のガスタンクのような睾丸に貯蔵された精力には、限界がなかった。高層ビルの側面から挿入していた。破壊していった。倒壊させていった。まだまだ満足できなかった。もっと摩擦したかった。高い山があれば、次々と山腹を突き刺していた。大穴を開けていた。カラスが、彼女の巨体を山だと判断していた。毛髪に巣を作っていた。空中を舞っていた。精液が、火山の噴火のように、火口から空高く吹き上げていた。休火山であったものが、彼女の与えた刺激で命を蘇らせていた。赤い溶岩が、すでに廃墟となった平野の都市に来襲していた。六木の贋物がいる地球を喰ってやる。どこにいようと逃がしはしない。



山脈を平地にしてしまうと、今度はペニスを地表に突き刺していた。マントル層に到達していた。溶岩が、ねっとりと亀頭を愛撫してくれていた。そのぬくもりが快かった。腰を上下に動かしていた。彼女のインターコースは、人間の時間の尺度で数世紀も続いた。その動きによって、大陸に罅が入っていった。地殻が割れていた。空腹になると、地球を喰っていた。他に口に入れる物はなかった。いくつもの地球を、欲望の餌食にしていった。生命のいない土の球に変化させていった。



誰も相手のいない地球の湾曲した表面に、一人でぽつんと座っていた。便所座りの態勢だった。股間から長く延ばした、ホースのようなペニスの尖端を口に含んでいた。際限のない快感を、そこから汲み出すことができた。自分の尾を咬んで呑み込もうとしている蛇のようだった。だが、どうもこのところ、気分がすぐれない。何をしていても、一生懸命になれない。何をしていても、何かが違うという感覚がある。何かの透明な膜を通して触れているようだ。世界の全部が、贋物になってしまった。太陽の輝きも、星空の星座の形も、子どもの頃は、こんなに無秩序ではなかった。本物は、もっと明るくてきれいだった。みんなが、自分に嘘をついている。身体がだるい。疲れているのだ。頭が重い。那梨、もうだめかもしれない。



オナニーをしていた。384400キロメートルの彼方の黄色い天体をめがけて、射精していた。白い銀河のような軌跡を引いた。精液が直径3474キロメートルの花崗岩を主体とする岩塊に命中した。表面が破壊されていた。質量7.35×10の23乗キログラムの月は、その軌道からはじき出されていた。数十億年ぶりに地球の引力から、自由の身になっていた。ペニスの先端からぽとりと、地表に白濁した液体が滴った。新しい湖水を地球上に作っていた。



根本雪菜は、赤梨仁哉の本体を「膣と子宮の国」の迷宮の内部から救出していた。危ないところだった。限界だった。間に合ったが、手間と時間がかかってしまった。だが、彼は、原初の姿に戻ってしまっていた。もう少しで、地球の遺伝子のプールに吸収されて、消滅してしまうだろう。放っておくことはできなかった。自分の子宮に入れて、癒してやろうと思った。「膣と子宮の国」で精子にまで戻ってしまった魂は、女性の同じ場所でしか、再生させることはできないのだ。雪菜は、本来の姿に戻っていた。



白い着物に白い髪の毛。目立たないように小学校の頃から、茶色に染めていた。最初は、母親にやってもらっていたが、途中から自分でも、できるようになった。頭髪を前と横と後ろの三つのブロックに分けると、簡単だった。すっかり慣れてしまった。彼女の唇だけが赤かった。おたまじゃくしのような掌の上の瀕死の精子に語りかけていた。



これから、お前を、雪菜の子宮に入れてあげる。十月十日、眠らせてあげる。冷凍睡眠のようなものと、考えてくれればいいかな。赤梨君は、その身に備わった遺伝子のプログラムの生命力で、自らを成長させて復元していくの。あたしは、そのために、必要な時間と空間を提供するだけ。わかった?



おたまじゃくしの尻尾が、ぴくんと動いた。了承を得ていた。



それから、あたしの正体については、絶対に、誰にも話してはいけないの。もし、そうしたら、あなたの魂は、この場所に戻って、原初の生命の海に永久に還元されてしまうから。注意してね。



赤梨仁哉の魂は、十分に納得した上で選択を受け入れていた。彼は、すべての人間が見ているのに、記憶していない未生以前の胎内の環境を、もう一度、澄んだ瞳で見つめていた。胎盤の網の目のような血管から、彼に必要な栄養が臍の緒を通じて、彼の身体にとくとくと送り込まれていた。



逃げられていた。もう少しのところまで追いつめていたのに。赤梨仁哉の件で、時間をロスしてしまった。『地球贋物記』の制作者は、「膣と子宮の国」の迷宮の奥にある胎盤の宮殿から消え失せていた。玉座に着床していると、根本雪菜は考えていたのだ。自分のミスだった。後で、委員長に叱責されることだろう。覚悟の上だった。彼は、多元宇宙に無数に存在する平行世界に、逃亡を図っていた。後を追った。ゲームは、彼女の記憶領域にアクセスして、漫画やアニメの知識から仮想空間を作りだしていた。その中を無闇に探索させられていた。目的地まで、遠回りさせられていた。それによって時間稼ぎをしているのだろう。負けてはいられなかった。



根本雪菜も、無数の雪の結晶のような自我に分身していた。危険な方法だった。自分が、分裂して拡散していくからだ。一人一人は弱くなってしまう。別世界の秩序に取り込まれる恐れがあった。赤梨仁哉の本体も、隠して守らなければならない。子宮が重かった。PCの中の『地球贋物記』は那梨の命令によって、執拗に六木の存在を求めて検索を続けていた。雪菜は、その軌跡を追って多次元宇宙に拡散していった。赤梨仁哉がそうしたように、勇気を持ってゲームの挑戦を受けていた。



「誘惑にたけし者」は、美青年の姿で、いつのまにか、純白の新妻の床に入ってきていた。白い乳房の上の小さな赤い乳首を含まれていた。この期間は生理がないから助かるが、その分、乳房が張って痛い。誰かに吸ってもらいたかった。痛みのもとが吸い出されていった。冷感症の気味のある彼女の肉体を、これほどに燃やしてくれる者は、ほとんどいない。さすがに経験が豊富だ。床上手だった。昇天しそうだった。「変身する者」の顔は、死んだはずの六木先生とも、そっくりになっていた。片目だった。雪菜は無我夢中で気が付きもしなかった。白髪が枕に乱れた。白い真珠のような玉が、赤い唇から零れた。彼が力をそそぎ込んでくれた。時を越えた。



根本雪菜は、盆地の雪深い村にいた。落ち武者が、隠れ家と食べ物を求めて襲ったのだった。村の男達は殺されて、女達は犯された。怨みを呑んで死んだ女の魂は、次の世代の赤子に乗り移った。今では、そこに石仏が立ち並んでいた。彼女は、両手を合わせて拝んでいた。後の姥山家が、ここから生まれるのだ。那梨は、その末裔だった。



人は、何かを知ろうとする生き物である。那梨は、何も知らずにある宿命の中に生きている。知った方が良かったのだろうか?それで、何かが変わったのだろうか?雪菜にしても、大切な情報が欠落したために、これほどの長い道のりをたどらなければならなかった。しかし、人間には、知らなくても良いこともあるのではないだろうか?際限のない物質への欲望は、地球の環境を損なっている。際限のない知への欲望は、精神を損ないはしないだろうか?雪菜にとって知恵は重要ではない。今が楽しければいい。それに、少しの夢があれば、なお、いい。



雪菜は、藁屋根の民家の柱を拝借して焚き火を作った。氷は、その内部にすべてを保存し記憶する。火はすべてを浄化してくれる。雪菜は、火の潔さが好きだった。燃え尽きれば、消えてしまう命だった。人間も、それが地上に束の間立てる家というものも同じだ。白い雪の中に、代々に渡って降り積もった綿埃が、無数の火の蝶となって舞い上がった。木々は乾ききっているから、焚き火には都合が良い。それに、百円ライターで火をつけていた。簡単に火がついていた。ぱちぱちと燃えていた。



気が付くと首のない鎧武者が、傍らに立っていた。目がないから見えないし、頭がないから考えることもできない。彷徨っているのだ。雪菜は、彼の背中をそっと押してやった。三途の川のある方角に導いていた。川向こうに、姫が赤梨を待っていてくれた。ようやく逢えた。守ってやれずに済まなかった。なんだ。そこにいたのか?探していたのだぞ。千成(ちなり)姫よ。白面の美しい武士の唇に笑みがこぼれた。成仏できますように。雪菜は、両の掌を合わせていた。二人の姿は、太陽に照らされた霜のように消えていった。



雪菜は冷え性なのだ。手足の先端部を温めていた。熱エネルギーを自由に移動させることができるのが、彼女の能力だった。しかし、最後の戦いの時まで、力を温存しておきたかった。さらに大きな仕事が残っていた。乾燥した木材が燃えるときに発する熱の息吹を、全身で抱きしめるようにして受け止めていた。癒される時だった。腹が減っていた。骨と皮だった。今の白い着物の自分を人間が見れば、妖怪かお化けの眷属に見えることだろう。額には白い三角形のピラミッド型の光が、ぼんやりと何かの紋章のように光っていた。



黒い翼を持った烏天狗達の姿は見えない。逃げてしまったのだろう。世界征服の呪文を記した書物。『地球贋物記』を持った者を追って、とうとうこんな辺境まで流れてきてしまった。胴体は狼で、三つの頭を持った怪物と戦っていた。氷で作った分身を、三つの口に喰わせていた。氷の剣で切断してやった。頭のない胴体だけで、飛び跳ねながら逃げていった。腹が減っていた。犬の肉は焚き火で炙ると美味い。まあ、いい。後で捕まえてやるつもりだった。



姥山那梨には、贋物の地球など、もう何の価値もなかった。単に汚らしいゴミでしかなかった。その日、都市の上空には、天空大の女陰が君臨していた。暗黒が、世界を支配していた。それは、徐々に下降してくるのだった。愛液の玉が、高層ビルを爆撃していた。ほとんど摩天楼と同じぐらいの直径がある透明な水の惑星だった。黒い毛の生えた巨人の口が、世界を呑み込んでいた。どこにいようと六木の命と肉体は、自分の物にする。誰にもやらない。



いったい、何本の『地球贋物記』が地上にコピーされて、配布されたのだろう。贋物の地球は、いくつ生まれたのだろうか?この永遠の戦いに、終わりはあるのだろうか?徒労という文句が、ふと心に浮かぶ。世界の破滅の日という時間の終着点は、不死の神々にこそ必要なのかもしれない。存在することそのものに飽きたならば、世界そのものの消失を願うようになるだろうから。



PCの画面の中には、白い光が、霧のように渦を巻いて立ちこめていた。贋物でもいい。本物より楽しければ、そちらこそが本物だった。棘の生えた尻尾のコスプレをした人が、哄笑していた。その顔は、六木先生のものだった。待っていた。良く来てくれた。『地球贋物記』は、お前達をかり出すための罠だった。世界にばらまいた餌だ。力のあるところには、力のある者が集まってくる。砂鉄が磁石に吸い寄せられるように。



巨人族の血を引く雪の娘よ。我の妻となれ。世界のすべては、お前の望みのままだ。お前の子ども達は、大いなる輪廻の日を地上にもたらすだろう。その視線に両眼を貫かれていた。動けなくなっていた。根本雪菜は、異様な殺気を背後に感じて振り返っていた。窓の隙間に稲妻が光った。黒い鳥を雷の槍が貫いていた。「ずる賢い者」よ。お前が、巨人族の妻に巡り合う時は、まだ来ていない。少なくとも、それはあたしではない。雪菜は、心の声で賛成していた。六木は好みではない。もっと若い方がいい。それに、自分には、結婚するのは、まだ早い。もっと、遊びたかった。自分ができることをするだけだ。


 
一族の長老達は、良く血ということをいう。雪女の血ということだ。しかし、雪菜は、それが、どうも疑わしいということを知っている。高校の数学の先生は、計算に弱い彼女のために、割合の問題を出してくれた。父や母と彼女の遺伝子は、それぞれ50%を同じとする。祖父母の代で25%である。曾祖母で12.25%。その前で6%。五代前で3%しか同じではない。残りの97%は全く別だ。血といっても、それを遺伝子と考えれば、そんな程度の物に過ぎない。



長老は良く平安時代に、諸国を行脚していた空海という僧の血が、一族に入ったと自慢する。人間としては、たいそうな法力の持ち主だったようだ。しかし、彼でさえ、もう生きていない。長寿の血統の一族であっても、雪菜からさかのぼれば、すでに五代も前のことだ。遺伝子の一致は、数%だ。どうってことない。教科書で名前を見つけて、偉い人だったのだとわかるぐらいだ。そんな昔の人よりも、根本雪菜にとっては、今の、友人や知人との付き合いの方が、よほど大事だった。美妖院の委員長や仲間達との関係だ。彼女たちといっしょにいたいから、こうして戦っているのだ。白家太郎の眉目秀麗な横顔が浮かんだ。彼女は、水星の背後に身を隠していた。チャンスをうかがっていた。



姥山那梨は、青い水の惑星地球を、火照った膣の中に、指先でぷちゅんと入れた。冷たさが心地よかった。回転しながら、太陽の方に、ただよっていった。金星が、雪の玉のように胸にぶつかってきてつぶれた。雨のしずくのような水星をひとくちにした。贋物の太陽は、黄金の林檎のように甘くておいしそうだった。



雪菜は、今だと思った。姥山那梨は、太陽の六千度の海で沐浴していた。プロミネンスの波が打ち寄せるまばゆい浜辺にいた。沖には黒点の渦が巻いていた。フレアは、無数の虹のように天に掛かっていた。その美しさに酔いしれていた。



根本雪菜は、その隙に多次元宇宙に拡散していた、すべての自分を召還していた。宇宙空間こそが、彼女の故郷だった。居心地が良かった。地球は熱すぎる。つねに肌の日焼けを、気にしていなければならない。合体していった。巨大化には、快感があった。全能力を、ついに解放していた。地球上では許されない行為だった。世界を破滅させてしまうから。

「超能力、絶対零度!」

根本雪菜の必殺技だった。別に声に出す必要はない。やってみたかっただけだ。真空の宇宙空間では、どうせ誰にも声は聞こえないのだ。子ども時代のテレビのヒーロー達が、たいていこうしていたからだ。今は、ダサイとしないかもしれない。熱エネルギーの流れを逆転していった。セルシウス度で表現すれば、マイナス273.15度となるまで。



恒星太陽。典型的な主系列星。その直径は、1392000キロメートル。体積は、1.41×10の27乗立方メートル。質量1.9891×10の30乗キログラム。水素がヘリウムに変換される。その際の全エネルギーを喰っていた。



古典力学によれば、宇宙のあらゆる原子と分子は、超低温の絶対零度の世界で活動を止める。量子力学では、不確定原理によって、なお原子の振動は存在するとされる。根本雪菜には、どちらが正しいのか分からない。ともかく鷲掴みにした白く凍った太陽に、白い前歯を当てていた。がぶりとかじりついていた。暗黒が支配する太陽系の中で、彼女の口腔だけが、ぼんやりとしたオレンジ色に照らし出されていた。



歯形が残った。シャーベットのようなしゃりしゃりという感触があった。それが、口の中で唾液に溶けていく。プラズマがぱちぱちとはじけた。勝利の味だった。水素の果汁が、甘く口腔に溢れた。喉から食道、さらに胃にまでゆっくりと下っていく、冷え性の雪菜が、ぬくもりを感じていた。姥山那梨の存在を感じていた。ゲームオーヴァー。次元を隔てた遙かな本物の地球で、PCから『地球贋物記』の画面が、ぷつりと消えた。ただ暗黒。



根本雪菜は、美容健康同好会の委員長と、携帯電話で連絡を取っていた。ようやくに修理が完成したのだ。母校の「美容健康妖精女学院」と電話が繋がっていた。六木という名前の中学校の教師が、昨年、交通事故死していたという情報も得た。もう少し早く知りたかった。今回の事件の真犯人を見逃してしまったために、こんなにも長い時空間の旅を必要とした。

「『地球贋物記』の最後の一枚のディスクを回収しました。この町の時間と空間の乱れは、リセットされました。」



雪菜は、初仕事としては良くやったと、委員長に誉められていた。最後に会ったときには、「知を欲する者」は、左手に大きな黒い棘のついた尻尾の生えた「空を旅する者」の烏天狗のクビを握り締めていた。右手に甘い蜜酒を入れたグラスを持っていた。まだまだお前の子どもに喰われはせん。雷鳴のような哄笑とともに立ち去っていった。



結局、『地球贋物記』のゲームでは、「途方もなく賢い者」だけが、その知を増やして、得をしたのだろうか?地球という観点から見れば、今回の大騒動も、人間の怨みがひきおこした小さな事件に過ぎない。あの万年オタクのような神の生き方が、雪菜は嫌いではなかった。人間の裏表のある複雑さと比較すると、単純で素朴だ。一本気で芯が通っている。その運命には、同情すべき点もある。狼に喰われる時まで、「高き者」の知恵への飢えが癒える日はないのだ。さぞかし辛い日々だろう。委員長には言えないが、彼には良い夢も見させてもらった。しかし、今回の任務では、彼女自身が、「旅路に疲れし者」だった。もう少しここで、のんびりしていこうと思った。時空の亀裂は、修復されたのだから。



霧のたちこめる朝の公園で、白家太郎が走ってくるのを待っていた。空席だった野球部のマネージャーに、姥山那梨が再任されていた。前主将の赤梨仁哉先輩の強い推薦が、効果を現していた。赤梨仁哉と姥山那梨の二人は、雪菜の正体を知っている。同じ子宮で双生児のように、癒しの時を過ごしたのだから。今では似たもの同士になっていた。お似合いのカップルだった。絶対に、しゃべらないでねと約束しておいた。もし、そうなったら。念入りに脅かしておいた。



使い魔のカラスたちの恫喝するような声もすでになかった。公園はしんとしていた。乳白の霧が、顔の前で渦を巻いていた。かなり濃いようだ。水の香がした。灰色の霧が、空に舞い上がるのを眺めていた。八本の足を持った馬のような形をしていた。彼が、狼に喰われる世界の終末の日は、まだ少し先のようだった。本物でも、贋物でも、いい。地球は美しい。美少女は、霧の帳の隙間から、いきなり飛び出してきた少年に、手を振っていた。アヒルのような笑みを浮かべていた。赤い唇に、霧がキスをしていった。しずくは「蛇」のような軌跡を虚空に描いた。

美妖院奇聞シリーズ
地球贋物記






【作者後記】
1/もう何年前になるでしょうか?上野の美術館で、ある日本人画家の回顧展を見ての帰りでした。興奮を冷まそうと思いました。公園の中を、ほてほてと散歩していました。ベンチに巨漢の外国人のおじいさんが、両足を広げて座っていました。銅色のあごひげを生やしていました。片手にワンカップ大関をもっていました。片目が不自由なようでしたが、眼光だけは鋭いのです。オーディンだなと直感しました。北欧神話の神は、少量の日本酒に酔っていました。汚れた衣服から、路上生活者の方だと分かりました。彼が、この物語の発想の原点になりました。物語の種は、どこに落ちているのか分からないものです。

2/物語の順序を変えています。過去から未来へと、時間は直線的に流れていません。円環的な時間の流れの方が、閉鎖空間にはふさわしいと思いました。因果律を意図的に混乱させて、辻褄を合わなくさせている部分があります。光瀬龍の短編に『カビリア4016年』という作品があります。一人の女性の意志によって、人間達が五千年間の歴史を永劫に繰り返すという物語でした。もしかすると、笛地にもっとも影響を与えたSFかもしれません。あの作品にも、雪が降り積もっていました。

3/この作品を米国の亡き友に捧げます。

きみがこの世でなしとげられぬことのためやさしくもえさかる舟がある

正岡豊

4/長いこと掲示板を使わせて頂きました。お手数をおかけしました。この春から新生活を始めるというJune Jukes氏に感謝を。ありがとうございました。

笛地静恵 

2010年4月4日

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